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人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人/岡田斗司夫【ガイド・目次】

更新日:

人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人

人間の欲求を4タイプ(司令型、理想型、注目型、法則型)に分類。タイプ判定テスト付きで、タイプごとの傾向と対策を解説。自分や他人の「したいこと」がわかるから、人間関係がスムーズになり、人生の目的が見つけやすくなる、人間関係にお悩みの人は必読の一冊。

  • 同じ事件・同じ風景を、自分と違うタイプの人が見たら、どう見えるのか?
  • なぜ、優秀な人が集まっていても、うまくいかないチームがあるのか?
  • なぜ、仲良しチームに1人違う人が入っただけで、急に上手くいかなくなったりするのか?
  • なぜ自分の思いはあの人に理解されないのか?
  • どうしてあの人はこんなヘンなことをするのか?

そんな謎や疑問の秘密を、「4タイプ」はすべて解決してくれます!

4タイプって、どんな人たち?

「司令型」は、勝つことが至上命題な人々。
「理想型」は、結果よりもプロセスを重視する人々。
「注目型」は、自分の情熱が何より大事な人々。
「法則型」は、仮説を立てるのが大好きな人々。

あなたは、そしてあの人はどのタイプ?

4タイプ判定テスト(presented by FREEex foundation)

https://four-types.appspot.com/

Type of Aoki Kendi 2022.03.19

社会生物本能の4タイプ

4タイプとは、大阪芸術大学客員教授岡田斗司夫氏により提唱された人間の欲求特性を定量的に分類する手法です。 人間の欲求特性、社会生物としての人間の本能を44問からなる比較的単純なテストをもちいて、 2つの特性(外向性・内向性、抽象的・具体的)を定量評価し、2次元グラフ化して表現します。

縦軸上側は「外向的」価値観で、その欲望は他者的です。つまり他の人と比べて自分はどうかを重視する傾向を 示しています。 縦軸下側は「内向的」価値観・自己的。他人と比べてより、自分の中での納得感など、内向きに考える傾向を示します。 外向的・内向的とは、価値観の基準や、思考の方向性のことです。外向的であるから性格が派手で社交的とか、 内向的であるから内気で引っ込み思案であるなどの関係性を示すものではありません。 横軸右側の「具体的」とは、数値化できたり、明らかにはっきりとした答えがあったりすること、 左側の「抽象的」とは、数値化できない定性的な価値観をもつことです。

テスト結果をグラフ上にプロットし、配置された象限から「注目型」「司令型」「法則型」「理想型」という4種類の 欲求傾向に分類します。

注目型:基本欲求は『嫌われたくない!』

注目型の人は、情熱、すなわち自分の熱意が何より大事なタイプ。人から注目されたい、認められたい、 頼られたいという欲求が基本的に強い人が分類されます。このため目立ちたがりの甘えん坊、 人情もろくておせっかいな人が多いです。
無視やないがしろにされる事を最も苦痛と感じるため、自分がのけ者となることや、 かげ口を言われると腹をたててしまいます。 ムードメーカで、そこにいるだけで、場が華やぐ人が多いのもこのタイプの傾向です。面倒見がよく、 つきあい上手ですが、身近に不機嫌な人がいると、落ち着きません。 会話が途切れないように気を使うことが多く、パーティなどでも参加者が楽しめているかついつい気になってしまいます。また、認められたいと思うあまり、成功の可能性の低い依頼を断り切れずに引き受けて、評価を下げることも多いです。
注目型の有名人:明石家さんま、マイケル・ジャクソン

司令型:基本欲求は『負けたくない!!』

司令型の基本的な欲求は、勝負にこだわる点です。 努力家で、常識人のしっかり者。だからこそ上司部下や目上、目下などの上下関係に敏感で礼儀正しく、 部下や後輩が生意気だと腹をたててしまいます。
能力の差はもちろんのこと、社会的地位や序列を一番気にします。 仕事だけでなく、恋愛も家庭もすべてが対決の場と考えてしまいます。 その勝敗の判定ルールも、はっきりと合理的で理性的です。 他人への好き嫌いを表に出さず、誰とでもつきあいができます。 そのうえ向上心あふれ、よく働く努力家になるので、有能な人が多いのが司令型の特徴です。また、「冷たく気が許せない」という評価がある人も多く、孤独に耐える強さや自分に対する厳しさも備えています。
司令型の有名人:勝間和代

法則型:基本欲求は『ワカラナイのがイヤ!!』

物事のしくみ・法則を自分なりに理解したり、発見したり、推測したり、仮説を立てたりすることに喜びを感じるタイプです。
自主性が強く、何をするにも理由が分からない場合苦痛を感じてしまいます。 成功しても、なぜ成功したのかわからない場合は、落ち着かなくなります。 逆に失敗しても、失敗の原因がわかれば結果に嘆いたりしません。 常に一歩引いているニヒリスト。 本当のことだからと、言わないほうがいいことも、つい口にして嫌われることもありますが、 現実をシビアに判断できる参謀タイプとして活躍する人です。
行動パターンが決まっている傾向が散見され、いつも行く店が決まっている場合が多いです。 せっかく計画したことが他人のわがままで無駄になったときに腹をたてますが、感情的になっても立ち直りが早いです。
法則型の有名人:池上彰・森永卓郎

理想型:基本欲求は『できないのがイヤ!!』

理想型は自分の考えている通りに物事をやり遂げることにこだわる。 つまり、結果よりプロセス、目的より手段を重要視するタイプです。 客観的な成功や完成ではなく、他人の目から見ても分からない、確固たる基準や理想像が自分の中にあって、 それに近づくことが喜びとなります。逆にいくら努力しても理想像に近づけないことが悲しみや怒りになります。 正義感が強く、頑固なこだわり派が多く、人間としてちゃんとしていたい、立派でありたいという欲求が強いです。 お金や権力に惑わされない、自由で自分らしい生き方を好む人が多いので、 客に媚びない職人や本物の芸術家はこのタイプです。また、頑固過ぎて世間から浮いてしまうこともあります。個人的なこだわりが強い分、 自分の理解者を一生かかっても捜し求めることとなるでしょう。
理想型の有名人:松本人志・宮崎駿

[出典:https://four-types.appspot.com/About4types.html]

 

目次

プロローグ:4タイプ判定テスト─大阪芸術大学で一番の人気講義!

・岡田斗司夫は「注目型」
・250人の教室が超満員に!
・学生のタイプごとに話し方を変える
・恋愛・友達関係からアニメ作りにまで活用できる

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!

とても深い歌詞だと思いませんか?私たちはそれぞれが違う。
だから「何が幸せ」「何に喜ぶ」のか全部違う。
でも、教室に分かれた4タイプは、なぜかそれが共通しています。なぜなんでしょう?

・小説形式で臨場感を味わってください
・「4タイプ判定テスト」を受けてみよう
・4タイプごとの特徴

①司令型

勝ちたい!負けたくない!それが司令型の基本的な欲求です。頑張り屋で、常識人のしっかり者。だからこそ先輩・後輩や目上・目下などの上下関係に敏感で礼儀正しく、下級生や後輩が生意気だと腹が立ちます。能力の差はもちろんのこと、社会的地位や序列を一番気にするタイプ。仕事も恋愛も家庭もすべてが対決の場です。その勝敗の判定ルールも、はっきりと合理的で理性的。他人への好き嫌いを表に出さず、誰とでも付き合いができる。その上、向上心あふれ、よく働く努力家になるので、有能な人が多いのが司令型の特徴です。でも「冷たく気が許せない」と評価される人も多いはず。そんな孤独に耐える強さや自分に対する厳しさも備えた、まさにリーダーや指導者になるために生まれてきたような人、それが司令型です。

②理想型

理想型は自分の考えているとおりに物事をやり遂げることにこだわります。つまり、結果よりプロセス、目的より手段を重要視するタイプ。 客観的な成功や完成ではなく、他人の目から見ても分からない、確固たる基準や理想像が自分の中にあって、それに近づくことが喜びとなります。 逆にいくら努力しても理想像に近づけないことが悲しみや怒りになる。正義感が強く、頑固なこだわり派が多く、人間としてちゃんとしていたい、立派でありたいという欲求が強いんです。 お金や権力に惑わされない、自由で自分らしい生き方を好む人が多いので、客に媚びない職人や本物の芸術家はこのタイプです。 反面、頑固すぎて世間から浮いてしまうことも。個人的なこだわりが強い分、自分の理解者を一生かかっても探し求める自由人、それが理想型です。

③注目型

情熱、すなわち自分の熱意や「やる気」が何より大事なタイプです。 人から注目されたい、認められたい、頼られたいという欲求が基本的に強い。そのため目立ちたがりの甘えん坊、人情もろくておせっかいな人が多い。 無視されたり、ないがしろにされるのが、一番辛い。だから自分がのけ者にされたり、かげ口を言われると腹が立ちます。 ムードメーカーで、そこにいるだけで、場が華やぐ人が多いのもこのタイプ。 面倒見がよく、付き合い上手ですが、身近に不機嫌な人がいると、落ち着かない。会話が途切れないように気を遣うことが多いですし、飲み会などでも参加者が楽しめているかついつい気になってしまいます。 認められたいと思うあまり、できもしない頼まれ事を断り切れずに引き受けて、評価を下げることも多いんです。 人間的な欠点も多いけど魅力的な人も多い。アイドルになるタイプ、それが注目型です。

④法則型

法則型という名前どおり、物事の仕組み・法則を自分なりに理解したり、発見したり、推測したり、仮説を立てたりすることに喜びを感じるタイプです。 自主性が強く、何をするにも理由が分からないとイヤ。成功しても、なぜ成功したのか分からなかったら落ち着かない。逆に失敗しても、失敗の原因が分かれば結果に嘆いたりしません。 常に一歩引いているニヒリスト。本当のことだからと、言わない方がいいことも、つい口にして嫌われることもありますが、現実をシビアに判断できる参謀タイプとして活躍する人も多いです。 行動パターンが決まっていたり、いつも行く店が決まっている場合が多く、そのためか、せっかく計画したことが他人のわがままで無駄になったときに腹が立ってしまいますが、感情的になっても立ち直りが早いです。 でも「自分の本当にやりたいこと」はありません。まさに理想の参謀役、それが法則型です。

・小説の舞台はとある高校の文芸部

第1部:司令型──勝つことが至上命題な人々

第1章[小説]アヤノの物語──優等生タイプの文芸部部長

第2章[解説]あなたにとっての幸せとは何か

・司令型の有名人は、勝間和代さん
・「やり遂げてもうれしくない」のはなぜか
・人間を、その欲求によって分類する
・4タイプは欲求の分類に対応する
・ケンカにあらわれるタイプの違い

『司令型と理想型』は、ケンカ上等。ケンカを売るのではなくて、何かを言うことでケンカになったり揉め事になったりするときに、手を控えたりしません。
理想型はケンカになったとしても言わなければいけないことは言う、司令型は「そんなの当たり前で、それを知らない方が悪いんだ」と言い放ちます。言うべきことはパシッと言って、その結果ケンカになるのは仕方がないと考えます。「ケンカは私も悲しいけれど」と言いながらバンバンやります。 この両タイプにとっては、人と揉める、揉め事が起きるというのは、「理想型にとっては当たり前のことで避けがたいこと」「司令型にとっては自分がその戦闘に対して、どれぐらい力を注ぐのかというペース配分だけの問題」です。
それに対して『注目型、法則型』は、「金持ちケンカせず」が基本戦略。揉め事が起きたら、何かミスがあったんだろうと考えちゃいます。この両タイプにとっては、人とケンカするということは、自分のコミュニケーション能力、もしくは自分の分析能力が不完全であった証拠。失敗なんです。

・「嫌われたくない」にもニュアンスの違いがある

おもしろいのは、各タイプともに「自分の考えは人類普遍の当たり前のモノである」と考えること。自分と同じように他人も考えているとついつい思ってしまいがちです。
注目型は「誰もが人に嫌われたくない」と言う。その言葉だけ取ると、全員賛成してくれる。司令型であっても、法則型であっても、「意味なく人に嫌われたくないからなあ」とは答えてくれる。でも、法則型は誤解されて人に嫌われるのは嫌だなあと思う。
司令型はどちらかというと、バカみたいなヤツに好かれようと嫌われようと構わないが、ちゃんと分かっている人には評価してもらいたい。理想型は、自分のことなんて誰も分かってくれるはずがないし、他人と分かり合えるはずはない。だけれども、自分が本当に尊敬している人のことは分かりたいし、自分のことを慕ってくれる人には自分のことを分かってほしいなあと思ってしまう。
これぐらい「人に好かれるか、分かってもらうか」ということに関しても全員言葉が同じで考えが違う。「人に嫌われたくないよね」「人に分かってほしいよね」と言うけれど、ニュアンスがバラバラなんです。 でも、言葉の上で、なんとなく日本語として通じてしまうから、みんな自分と他人が同じ価値観だと思ってしまう。
そうではなくて、実は違う国に住んでいるんだと思った方が早いぐらい価値観が違うんです。4つのタイプの価値観の差は県民性や男女の差より、それどころか国籍の差よりずっと大きい。人間の本質に近いところで違います。

・司令型が好きなのは「優位の確認」

第2部:理想型──結果よりもプロセスを重視する人々

第3章[小説]ショウタの物語──妥協を許さない芸術家肌のイラストレーター

第4章[解説]苦手なタイプがいるのはなぜか

・理想型の有名人は、宮崎駿さん
・4タイプにおけるいくつかの法則
①対角線の法則
②優位劣位の法則
③右回りの法則

第3部:注目型──自分の熱意が何より大事な人々

第5章[小説]エリカの物語──天真爛漫なムードメーカー

第6章[解説]異なるタイプの人と分かり合えるのか

・注目型の有名人は、明石家さんまさん
・小説のモデルになったアミカちゃんの家族
・「分かり合えない」という分かり方もある

第4部:法則型──仮説を立てるのが大好きな人々

第7章[小説]トモユキの物語──的確な状況判断ができる参謀タイプ

第8章[解説]4タイプが組み合わさるとどうなるのか

・法則型の有名人は、森永卓郎さんと池上彰さん

法則型の有名人は森永卓郎さんと池上彰さん。世の中の仕組みをうまく説明している2人という印象もあると思いますけど、この2人の特徴は、その説明中に自分の価値観や主観が入らないことです。
森永さんはよく「それ好きなんですよ」とオタク語りを混ぜますが、それは余剰の「森永卓郎の情報」として乗せるだけ。何かを解説するときに自分の価値観というのはほとんど入れていません。
池上彰さんも、いかにうまくシンプルに分かりやすく説明するのかというのに言葉の100パーセントを注いでいて、それがどうあるべきか、実はこうなんだけれどもこれではいけないんだという「自分の意見」を一切言わない。この一切言わないという明確なライン、自分のできることを限定していることに2人とも喜びを感じています。これが法則型の特徴です。やれることしかやらないし、逆にやれないことまで手を出すことをはずかしいと思ってしまうんですね。もしも注目型の場合だと、そうでなくて、自分のやれること、やれないことに関係なく、それに関して自分がどう思うのかということをひたすら言うでしょう。明石家さんまさんのように。

・約束にあらわれるタイプの違い

法則型は「分かりたい」が基本的な欲求と説明しましたが、勝負に負けてもなんで負けたのかが分かれば納得します。
注目型は勝負に負けても負けたことでみんなから慰められればそれで満足です。
司令型は勝負に負けたら、負けたということだけで悔しい。
理想型は「なんでそんな勝負をしてしまったんだろう」と、人生の後悔に入ります。
タイプの違いによる行動差は、たとえば約束にもあらわれます。

法則型は約束をめったにしてくれないんですけれども、したらわりと守ります。ただ法則型の人たちは言質を取られるのを嫌うので、なかなか約束してくれません。
注目型はものすごく簡単に約束してくれるけど、めったに守ってくれないです。
約束をわりと簡単にしてくれるし、守ってくれるのは司令型。
約束をさせようとすると縛られていると感じるのは理想型です。

法則型は心が乱されるのを非常に嫌います。約束をなかなかしてくれないのも、一度した約束は守ってくれるのも、安定状態を求めるから。だから、行動パターンも決まっている人が多いですね。

・法則型は感情的になりにくい

・4タイプが揃うと組織やプロジェクトはうまくいく

注目型と司令型は基本的に「他人を動かそうとする」んです。
逆に理想型、法則型は「他人に動かされまいとする」んです。
これは外向的なタイプが人を動かそうとするタイプで、内向的なタイプが人から動かされまいとするタイプとして対応しています。
抽象的な注目型は「情熱」によって人を動かそうとします。
具体的な司令型は「計算」によってです。
理想型は計算では動かされまいとし、
法則型は情熱では動かされまいと反応するのです。
このような性質もあるため、すべてのタイプが揃っていないと組織はうまく機能しません。

第5部:4タイプの謎──なぜ人によって性格が異なるのか

第9章[小説]サヨコ先生の物語──人生の意味に気づく文芸部顧問

第10章[解説]私たちの幸せとは何か

フラードーム(ジオデシック・ドーム)は、球に近い正多面体である正十二面体ないし正二十面体、あるいは半正多面体の切頂二十面体を、さらに対称性をできるだけ持たせながら正三角形に近い三角形で細分割し、球面をその測地線(ジオデシック)ないし測地線を近似する線分の集まりで構成したドーム、特に、そのような構造を均質な構造材を多数並べることによってくみ上げたドーム状構造物である。ジオデシックを訳して測地線ドーム、考案者の名からフラードームとも呼ばれる。バックミンスター・フラーによって1947年に考案された。

 

「大事なことは、物質には中心がない、という理論なんだけど」
あ、ますますイヤな気分になってきた。それを察したのか、ミームがわたしの顔を心配そうに上目遣いでチラッと見る。それから大きく手を振ると、三角形が組み合わさってできたドームの形が現れた。キラキラ光ってきれいだ。
「中心じゃなくて、『力』と『ベクトル』だけでいい、というのが彼の考え方なんだよね。それを実証するために、フラードームを建てたんだよ。物質に中心がない、というのはどういうことかというと」
「物質をどこまでも小さく小さく分けていくと、粒じゃなくなって……」
「『引っ張る力』と『力の方向』だけになる」
「やっぱり、ものすっごく納得できないんだけど」
だって、今ここにあって、触って確認できるものが『ない』なんて。気持ち悪すぎる!

「同じように、人間にも中心がないんだよ」
「そりゃ、人間だって物質だから」
「そういう意味じゃないんだ。君たちが自分だと感じている意識には、中心がない。物質同様、小さくしていくと、何もなくなってしまうんだ」
「まぁまぁ、落ち着こうよ。人間の意識って、実は何かに働き掛けられて初めて反応するんだよ。それまでは空っぽなんだ。何の働き掛けもなかったら、人間には何の意識も発生しない」
「そういえば人間って、真っ暗で完全な無音状態に入れられると、一瞬で寝るって聞いたことがあるけど……」
「何かの情報が来て初めて、それに対する反応が生まれ、こんどは情報を発信する。情報を受け取って伝える存在。人間というのはそういう存在なんだ。つまり、人間はメディアだと表現できる」
「百歩譲って、わたしたち人間がメディアだったとして、あんたは何なわけ?」

「メディアである人間の意識の集合体が、文化であり、文明なんだよ」

「意識の集合体って何よ?」
「うーん。意識の集合体というのは、意識の上位概念だから、ひとつひとつの意識には認識できないんだけど」
「上位?上位って、ずいぶん偉そうなんですけどぉ!?」
「偉いとか、偉くないじゃないんだよ。山は大きな岩じゃないっていうたとえ、知ってる?」
「聞いたことくらいはあるわよ。岩をどんどん大きくしていこうが、どんなに集めようが、山にはならない」
「そうそう。山のメイン成分は岩だけど、それだけじゃない。表面には木も生えてるし、河も流れてる。地下にはマグマがあるだろうし、地下水も流れてる。長い目で見れば、少しずつ隆起してることもある」
「山を知らない人が岩だけ見ても、山の実態を知ることはできない」
「同じように、人間の意識は文明の成分だけど、それだけじゃない。集まることで、いろんな反応が生まれるからね。でも、どんなというのは説明できない。たとえ話でしか語れないんだよ」
「なるほどね。でも語れないものなら、偉そうに教えてもらっても、仕方ないじゃん」
「それが、そんなこともないんだよ。人間はメディアだから、メディアとして機能したときに幸せを感じるようにできているんだ」
「文明にも生存本能みたいなものがあるんだよ」
「あ、そこは知ってる。『利己的な遺伝子』で読んだもの。でも、あの本自体が、なんか強引というか、単なるたとえ話をセンセーショナルに描いてるだけといういうか」
「つまり、ペテンっぽい?」
「あんたほどじゃないけどね」
「でも、生物としてのヒトと、ヒト意識が別物だ、というのは、実感できるよね?」
「確かに、人間には自分の命を犠牲にしてでも守りたい信念や価値観があるのは認めるわよ。生物の本能に反することを平気でやっちゃう。宗教のために大勢のヒトを殺したり、いじめられただけで自殺したり、自分の子どもを捨てたり」

「理由は簡単。生物としてのヒトと、ヒト意識とは別物だから。『ヒト意識はヒトに寄生している』ともいえるし、『ヒトはヒト意識の乗り物だ』ともいえる」

「確か岸田秀が、『人間は本能がほとんど壊れてしまった。代わりに文明を作って、その壊れた本能を不完全ながら補っている』と書いていたけど」

壊れてるんじゃないんだ。ヒト意識はヒトじゃない。文明の一部なんだ。文明の側から見ると、本能はちゃんと機能している。本能が壊れた生物が生き残れるほど、世の中甘くないよ」
「ドーキンスの言う『文明は、生物みたいに振る舞う』ということ?」
「そう、文明は、生き残り、自己を増やそうとする本能を持っている。だから生物だと仮定できるんだよ。人類の長い戦争の歴史も、文明同士のシェア争いと捉えることができる」
「キリスト教とイスラム教の戦いとか、民主主義と共産主義の戦いとか?」
「そういう大きい戦争から、内乱、小競り合いまで、すべてがそうだと考えられる」
「でも、最近は戦争も減ってきてない?」

「そう。歴史的に見ると、今は文明という生物の大きな転換期なんだよ。太古のむかし、言葉の発明が『生物としてのヒト』と『ヒト意識』を分化させた。その頃は、ひとつのヒト意識はひとつの文明に属していた。だから、文明同士のシェア争いは、他の文明人を殺したり、奴隷にすることによって行われるのが普通だった。それが、文字の発明によって少し選択の余地ができたんだ。殺し尽くさなくても、法典や聖書、コーランなどによる支配が可能になったからね。それでも、ひとつのヒト意識は、ひとつの文明に属するという基本方式に大きな変化は見られなかった。自ずと、文明は広い範囲を網羅することを求められた。生活のあらゆる場面を支配し、生まれてから死ぬまでのあらゆる場面をフォローした。が、現在、文字の発明以来の大きな変化が訪れている」

「ひょっとして、情報革命ってやつ?」

「そのとおり!インターネットの発達によって、ヒト意識は常に無数の文化と出会うことができるようになった。世界中の、あるいは過去から現在まで、あるいは架空の世界までも。ヒト意識はさまざまな文化に出会うたび、さまざまな違う反応をする」
「専用機だったのが、複合機になったカンジ?」
「そう理解してくれてもいいよ。その結果、文明は生き残り方法を大きく変えざるをえなくなった。つまり、ヒト意識の100パーセントシェアを前提に人を殺したり確保したりするのではなく、ヒト意識ひとつひとつの内部でシェア争いをするようになったんだ。その結果、人が大量に死ぬ戦争は起こりにくくなった。人の数は多いほど有利になるからね。それと同時に、これからは巨大な文明は生き残れない。文明は、文化や価値観や流行、習慣といった無数の小さな単位に分解されつつある。小さくて手軽な方が、より多くのヒト意識に入り込みやすいからね」

「わたしたち人間、じゃなくてヒト意識は、巨大な文明の支配から自由になれたってこと?」
「ヒト意識は文明のパーツであり、本能を充足させるための道具なんだ。だから、道具としてちゃんと機能するよう、そういう欲求が最初から埋め込まれている。むしろ、それが本質なんだ。本質から自由になったら、何も残らなくなっちゃうよ」
「待って!そういう欲求って何?」
「ヒト意識が幸せを感じられる源泉」
「具体的には?」

『受け取って』『考えて』『真似して』『伝える』

「は?」
「たとえば、人間は無人島に流されて、たったひとりで死ぬことを恐れる」
「当たり前でしょ?」
「いや。生物だったら死を避ける本能はある。でも、たったひとりであろうと大勢一緒であろうと、死は死だ。ひとりで死ぬことが特別辛いわけじゃない」
「そうか。みんなが孤独死を怖がるのは、単なる『死が怖い』のとは違うよね」
「死んでもみんなに覚えていてもらえれば幸せ、という考え方を生物はしない。人間は孤独だと、幸せを感じられないようにできてるんだよ」
「ずっとひとりだったら、何を食べてもおいしくない気がするわ。でも、その……」
「『受け取って』『考えて』『真似して』『伝える』」
「そう、それって、たとえばどんなことなの?」

「基本的に人間がしているあらゆる行動は、そう捉えることもできるんだけどね。たとえば、近所に住んでるおばあさんがさ毎朝、家の前を竹ぼうきで掃除してるとするでしょ?」
「うん。ああいうのっていいよね」
「そう。そこが大事なんだ。そういう行為をすると、いいよねって思う人がいる。もちろん、何とも思わない人もいるんだけど。で、自分もやってみようとか思って、掃除したりするわけでしょ?」
「つい、忙しいとサボっちゃうんだけどね」
「そう。それはそれでいいんだよ。結局やらなくてもいい。でも、『毎朝家の前を掃除する』という習慣を受け取ったわけだよね。それをいいよねとか、古臭いなとか、暇なんだなとか考える。その結果、自分も毎朝掃除してみたり、無理だから日曜だけでも掃除してみたりする人がいるわけでしょ?それが真似するということ。で、真似することによって、それを見た人がまた」
「いいよねって思ったり、若いのに偉いねって思ったりするわよね」
「そのとおり。おばあさんっていうのは、『生物としてのヒト』という観点で捉えると、もういてもいなくていい存在なんだよ。でも、『ヒト意識』として捉えると、他の『ヒト意識』と対等かそれ以上に大切な存在になるんだ」
「あぁ、なんか分かる気がする!」
「もちろん、掃除だけじゃなくて、あらゆることがね」
「大事なのは、人に伝えて、真似されること?」
「見せようと思ってなくてもいいんだよ。結局伝わらなくてもいいんだ。お天道さまが見てるから、と思ってやるだけでも幸せになれる」

「そうよね。おばあさんだって、誰かにほめてもらおうとか真似してもらおうとか思ってるわけじゃないもの」
「でもね、世界中の人が全員いなくなったら、おばあさんは掃除しないと思うんだ」
「そっか。おばあさんは、みんなのために掃除をしてるんだよね。みんなのためだと思うから掃除できるし、掃除したら気持ちいいんだ」
「で、そういう行為は、結果的にみんなに届くんだよ。きれいに掃除された道を見るだけでもね。この届けられるものを、ドーキンスはミームと呼んだんだよ。生物としてのヒトが遺伝子ジーンをパスするように、ヒト意識はミームをパスするんだ」

「ミームを、パスする……」
「4つのタイプは、このミームを受け取ってパスするときの偏り方のタイプなんだよ」
「パスするときの偏り?」
「すぐ受け取ったり、すぐパスしたりするタイプもいれば、めったに受け取らないんだけど受け取るとじっくり考えたり、上手に真似しようとしたりするタイプもある」
「なるほど!わたしは、じっくりタイプだね」
「そう。パスするのが下手なら、上手な人と組めばいい」
「うん。対角線や優位劣位。それに4つのタイプを揃える。いっぱい教えてもらったよ」
「大事なのは、『受け取って』『考えて』『真似して』『伝える』こと。いっぱい受け取って、いっぱい考えて、いっぱい真似して、いっぱい伝えて。それだけがヒト意識の存在意義だし、それだけが幸せになる方法なんだよ、サヨコ」

そうか、そうだったのか。わたしたち人間は、文化が生き延びるための道具なのだ。だから、ただ生きて子孫を残すだけでは幸せになれない。
わたしたちの本能は、文化を「受け取って、考えて、真似して、伝える」ことで、心からの幸せを感じるようにできている。
わたしたちは文化の道具ではあるけれど、奴隷になる必要はない。何を「受け取って、考えて、真似して、伝える」かは自分自身で決められる。もちろん、最初から与えられている文化の中から選択するしかないのだけれど。
ならば、わたしは幸せになるために、今ある文化の中から今できることを探して、「受け取って、考えて、真似して、伝える」ことを実行すればいいのだ。
わたしの心の中にトゲのように残っていたあの思い出も、なぜあんなに辛かったのか分かる気がする。「受け取って、考えて、真似して、伝える」がうまくできなかったからなのだ。

・性格と4タイプは別物

いったい、私たちの心はどうなっているのでしょう?「性格」と「4タイプ」は、どのような関係なのでしょう?
まず確認したいのですが、「性格と4タイプは別」です。同じ法則型でもトモユキとサヨコ先生はまったく違います。同じ司令型でもショウタの母とアヤノには共通点が少ないでしょう。
それは「タイプが同じでも、性格が違うから」です。また、人間の内面を構成する要素には4タイプの他にも「性格」「習慣」「生い立ち」「教育」などいろんな要素が混在しています。

第7層(最下層)に「本能」があります。これはあらゆる人種・経歴に共通します。
第1層に「キャラ」があります。これは内面というよりも「人からどう見られているか」「対外的に、どんな人格を演じているか」という、人から受けている評価に近いものですね。「キャラ」の下、第2層が「外見・見た目」です。この2つの階層を私たちは「外面」と呼んでいます。「内面」に対応する言葉ですね。

「もっと自分の内面を見てほしい」と私たちが言うとき、この「キャラ+外見=外面」より奥の層を見てほしい、という意味です。ではその「内面」とは何か?
私たちが通常考える「内面」の一番奥底は「性格」です。図5では第5層、かなり心の奥底です。引っ込み思案とか派手好きとか目立ちたがりとか、そういうのが「性格」です。4タイプよりもはるかに種類が豊富、おそらく数十種類はあるでしょう。

「性格」の2つ上の階層、第3層には「行動・習慣」と「生い立ち」「教育」があります。「行動・習慣」とは浪費癖とか怠け癖など、行動パターン。
「生い立ち」は自分で選べずに身についてしまった価値観や行動様式。
「教育」は自分で選んだ価値観や行動様式です。この組み合わせは事実上、無限でしょう。「貧乏な家に生まれたけど、勉強して東大に入った」というのは、「生い立ち=貧乏」「行動様式=勤勉」「教育=最高学府」というように、分解できるわけですね。これが第3層。
第5層の性格、たとえば引っ込み思案と、第3層の「行動・習慣」「生い立ち」「教育」、それに第4層の「属性(性別・国籍)」、これらをすべて足せば、「内面」です。
すなわち、私たちは「内面を見る=第3+第4+第5層を見る」だと思っているのです。
第5層「性格」のさらに奥底、第6層にあるのが「4タイプ」、すなわち「欲求の偏り」です。
4タイプの「欲求の偏り」は性別や性格よりはるかに奥深くで我々の行動や考え方に影響を与えています。
しかし、生物としての「本能」というほど原始的なものではありません。
本能が個体維持のためとするなら、4タイプは人間同士の関係、すなわち「社会維持」のための機能です。
まず人間には「本能」という全人類共通の動物的なベースがあります。
その上に「欲求の偏り」があり、これはわずか4種類です。
その上の階層に初めて個別の「性格」が乗ってきて、そのさらに上に属性、つまりお国柄、国民性、県民性、あと男だとか女だとかの差ですね。
その属性のさらに上に、「今までどういう行動を取ってきたか」「どういう習慣があるのか」「どういう生い立ちか」「どういう教育を受けてきたのか」などと、無限の要素が重なります。
行動・習慣・生い立ち・教育のさらに上に、その人の「見た目」がある。「見た目」のさらに上の階層に、まわりから決めつけられたり、自分で決めているキャラというものがある。

人間の複雑性・多様性はこのような階層のレイヤー構造でできています。人間というのは多種多様でバラバラに見えますけど、それはおおざっぱに言ってこの最上層の「キャラ」から下の「欲求の偏り」まで見通してしまうからです。だから無限のバリエーションがあるように見えるのです。
でも実は「本能」はたった1種類です。みんな動物だから。
そのたった1種類の本能の上に、たった4種類の「欲求の偏り」が乗っかっている。
そのさらに上に性格が乗っていて、属性が乗っている。

だから、理想型の人たちが50人いたとしたら、この50人の理想型の人は実はひとりひとり話していくと、何かの部分はかなり共通している。でも、ひとりひとりがやっぱりまったく違う人間です。なぜかというと、ひとりひとりの性格が違って属性が違って行動・習慣が違って生い立ち・教育が違うからですね。
性格から行動・習慣までの部分を普通私たちは内面と呼びます。
その内面の上に乗っている見た目とかキャラの部分は外面です。「人を外面でしか見ない」とか、「要するに人は見た目だよね」というのは、この見た目とキャラのことです。
それに対して、「あの人の内面が好きだ」というのは、性格、属性、行動・習慣、生い立ち、教育などで決定される部分です。
でも、そのさらに下の部分、性格は同じ派手好きなのに、なんでこんなに違うんだろうというのが、4タイプなのです。

・4タイプは社会維持のための仕掛け(※仮説)

・なぜ4タイプは存在するのか

それは「文化」をうまく確実に伝えるためです。では、なぜ「文化」は存在するのか?それは人間の壊れてしまった「本能」を肩代わりするためです。

「文化」は4タイプが揃えばうまく伝わる、という話はミームがサヨコ先生に説明したとおりです。たとえば江戸文化という具体例で考えてみましょう。
たったひとりの人間で江戸文化は伝えられるか?
不可能ですよね?
膨大な行動様式やしきたり、言葉や流行、唄や踊りなどひとりの人間が覚えたり体現はできません。
では「江戸文化」が保存されるには、存続するには何人ぐらいの人間が必要か?
100人でも無理。1000人でもまだ不安です。1万人いれば、大丈夫かもしれません。
では、それだけの人数の人間が、全員「正しい、同じ江戸文化」を維持するにはどうすればいいのか?
ここで4タイプが登場します。
まず、次の世代や正しく理解していない人に大きな声でアナウンスしなければいけません。注目型や司令型の働きです。楽しい雰囲気は注目型だし、江戸文化の最新トレンドは司令型が伝えるのでしょう。
いくら表層のトレンドが新しく流れようと、その芯の部分は理想型が押さえます。
トレンドを残すべきか、古い伝統を変えるべきかには法則型の論理判断や、司令型の損得勘定なども盛り込まれます。
それぞれがバラバラに行動・伝達しているように見えて、実は4つのタイプごとに役割があります。「文化」という大きな概念を伝えるには、たったひとつの正しい教典を維持するのではなく、数千人以上の規模の人間たちが「群れ」として行動した方がうまくいくのです。「文化」は人間が集まって形作ります。つまり人間が構成要素となっている。ということは、「文化」を人間の上位存在と考えることができます。この「文化」を仮に生物として考えてみると、いろいろなことがわりとスッキリ理解できます。
人間には通用しない「本能」が、ちゃんと「文化」には存在しているからです。さっき言った人間の変な部分、個体維持本能が他の生物に比べて壊れている話のことです。
なんで国家とか家族とか自分の子どものために死ねるのか?

それは「文化」を生物として考えるとすごく分かりやすくなります。「文化」にはいろいろなものがあります。たとえば日本文化でもいいし、秋葉原をブラブラしている人は秋葉原文化とかオタク文化と言っても構わないです。アメリカに憧れている人は、アメリカ憧れ文化でしょうし、サザンオールスターズの曲を聴く人はサザン文化に属しているかもしれません。
このように、人間が作り上げた多種多様な「文化」という目に見えない生物が私たちの上にいると想像してみてください。そいつらが生存競争を繰り広げている。そいつらが生き残ろうとしていて、生き残る手段として私たちを使い捨てしようとしています。
だからある価値観のために人間が死ねる。
家族のために死ねるというのは、たとえば「それが父親だ」「それが母親というものだ」という文化があるからです。けっして本能ではありません。

母性本能の存在は科学的にも否定されているのですから。

だいたい私たち人間の個体維持から考えると家族のために死んでもしょうがない。自分が生き延びてもう一度ひとりでも多く子どもを作った方が絶対にいいはず。ほとんどの野生生物はそういう行動を「本能」として選びます。

・「人間は本能が壊れた生物」

しかし、私たち人類にはその「本能」がありません。フロイトや岸田秀など心理学者の一部はそれを「本能が壊れた」と表現しています。
「人間は本能が壊れた生物だ。その代わりに文化・文明を発達させた」これが現在のところ、定説となっています。
人類は「生き残り戦略」として巨大な大脳を作りました。大脳はコトバを生み、私たちは自然をありのまま見るのではなく「抽象化」して見るようになった。
同時に、成長期にズレが生じた。脳の古い部分、本能部分が生殖を命じる2~4歳の時期には生殖が不可能で、繁殖の衝動は本能の手から離れてしまった。
さて、人間の「本能」は壊れてしまった。このままでは生殖もできず、人類は滅びます。
これら「壊れてしまった本能」の代わりに「文化」が生み出されました。文化はコトバから言語を作り、野生動物なら意識しない「本能」や「衝動」を次々と意識化した。怒り、悲しみ、笑い、感動。これらはすべて名もなき衝動を抽象化しカテゴライズし、そして意識化された「本能」の断片です。
「文化」は本能に代わって「恋愛」や「嫉妬」や「愛情」などを作り出しました。いろんな民族でいろんな恋愛や結婚・家族形態があります。それらはそれぞれの「文化」が構成要因であるその民族の生き残りのため、生殖や社会生活維持のために作り上げた思想体系です。
だから人は文化なしには生きられません。野生でひとりで生まれ過ごした人間は、もし異性に出会っても生殖や繁殖行動はできません。「本能」という基本OSは、個体維持の最低ラインまで縮小しました。野生状態で放置されれば、大部分の幼児は生き延びられないでしょう。その程度のOSしか人間には残っていないのです。
残りの大部分の「生き残り」「種族維持」の本能は、基本OSではなくアプリケーション化され、外部のクラウドに移されました。そのクラウドこそが「文化」です。
なので、私たち人間にとっては個々の個体維持、すなわち自分個人の生き残りよりも、クラウド内アプリの維持、すなわち「文化」の方が大事になってしまったのです。

結果、それら「文化」はまるで「個体維持本能」「種族維持本能」を持つ生命として振る舞うようになった。共生なのか寄生なのか、支配なのか従属なのかは分かりません。

人間がハチやアリのような社会生物と振る舞いが似ている原因も、このあたりにあると私は考えています。
人間が言葉を使い出した瞬間に「文化」という生命が発生して、その「文化」に個体維持とか繁殖とか生き抜こうという本能が移ってしまった。
こう考えると「本能が壊れたのに、なぜ人類は滅びなかったのか?」「なぜ人間は野生動物と違う振る舞いをするのか?」の大部分がシンプルに説明できます。

リチャード・ドーキンスが提唱した「ミーム(meme)」

なぜ4つのタイプに人間は分かれるのか?
ミームに反応する4つの因子を仮定すると説明できます。ただ、説明は少し複雑になります。
4つのタイプに人間が分かれる理由、それは4つの因子が個々人の心の中に発現するときの偏りのためです(図6参照)。4つの因子には魅惑(チャーム)、指導(リード)、理念(イデア)、法則(ルール)と名前をつけます。
チャームは、何かやるときに人を集めようとします。
リードは、指令したり、指示します。
イデアは、本質や中心を常に求め、そこからブレないようにします。
ルールは、常に観察し、法則を見つけます。

具体的な例で考えてみましょう。赤ちゃんが泣いたときにどのような因子が心の中で発現するのでしょうか?
赤ちゃんが泣いて、お母さんにあやされる。お母さんにあやされたら、赤ちゃんは泣き止みます。この泣き止むときに、すでにどの因子が発現したのか偏りが生まれます。

お母さんにあやされてチャーム因子が発現した場合には、かまってもらってうれしいから泣き止む。純粋にかまってもらってうれしいから。
リード因子の発現は、「泣くことでお母さんがあやしてくれた」という自分の行動によって相手の行動が制御できた喜びが発生したから。
ルール因子が出てくるのは、パターンが分かって安心するから。泣いたら誰かが来てあやしてくれるんだという法則が分かれば安心して泣き止む。不安で泣いているわけですね。
イデア因子が発現するときは、自分が泣いて母親があやしてくれると、「これでよし」と思う。それが正しいと思えるから。

このように、赤ちゃんが泣いて母親があやしているときに、赤ちゃんの中では全部同じかというとそうではない。4つの因子がそれぞれ違うトリガーで発現し、それぞれ増えたり減ったりして、赤ちゃんはどのタイプか決定されます。
私自身が保育園で見てきたのでは、1歳、2歳、特に言葉を使い出したら急激に子どもはタイプに分かれはじめます。赤ちゃんの時代から因子は出てきて、発現にバラツキがあるからです。
注目型だと、チャーム因子が一番多くて、リード因子とイデア因子はその次に多い。そしてルール因子はほとんどない。
判定テストの結果にばらつきがあったり、中間的になったりする人がいるというのは因子の発現の仕方が違うからです。
子どもの頃からどれくらいの因子が発現するのかでその人のタイプが決まっていきます。
ミーム反応因子の発現の偏りにより、私たちは4タイプに分かれる。だから私たちの欲求は時々右回りになったり左回りになっちゃうんです。
それぞれの人間には「ホームポジション」みたいな自分の本来のタイプがある。だけど、もし自分が所属している文化、サークルに4タイプが揃っていない場合にはバランスを取ろうとします。
たとえば、司令型がいないサークルだった場合には、誰も指揮を執らない。そうなるとどうなるのかというと、リード因子を持っている者が司令型っぽく振る舞ってしまう。その結果、あるサークルに行くと自分は仕切り屋なのだけれども、別のサークルに行くと自分は人の指示を聞いているだけ、ということが起こる。これは、自分の心の中にある因子の発現の仕方が違うからです。
ただしホームポジションではないから、よそのサークルに行って不本意な行動をしても、本質的な喜びはない。ただ、非常事態として人間がこういうふうに隣り合ったタイプになれる可能性があるのは、この因子の発現の仕方に原因があるからでしょう。

・4タイプと文化のダイナミックな関係
・私たちの生きる意味=人生の目的


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