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【無能唱元・伝法講義録 020】縁起の三位一体性

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縁起の三位一体性

ここで、このアラヤ識を、もう一歩突っこんで、人間の生命現象を探究してみたく思います。
アラヤに新しい因を刻みつけるためには、「思考と感情」の二つをもって「念」を生じさせ、その念がアラヤというコンピューターに、プログラミングとして入るのだということをみなさんは学ばれました。そして、これが、未来の果を生じさせる「因の縁を生じさせた」ことになり、これを「因縁生起」省略して「縁起」と呼ぶということについても、すでにご承知と思います。

ここで、考えてみたいのは、この縁起は、思考と感情の二つだけでなく、実はここにアラヤというコンピュ—ターの第三のものも必要である、という点です。
アラヤは肉体を構築し、以後その肉体と共に生き、活動しているものですから、この機械は肉体によって表現されます。
つまり縁起は、思考(霊)と感情(魂)というソフトウエア(情報)とアラヤ(体)というハードウエア(コンピューターの本体)で成り立っているのです。
これはいい替えれば、因縁生起と果縁結実は、「色性」の「世」の内で行なわれるということを意味しております。
なぜなら、そこには、「体」の介在を必要としているからです。「体」という物質の発現を媒介して因の縁は初めて生じ得るのであります。
この故に、理解されることは、「縁起とは、霊、魂、体、の三位一体(さんみいったい)をもって生じ、それは色性(しきしょう)をともなった実在界の内において行なわれる」という点です。

[出典:唯心円成会伝法講義]

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