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【無能唱元・伝法講義録 033】混信夢

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夢の象徴性

万物万象の有するイメージは膨大なものであり、また、状況の変化によって、それはその意味性も大きく変わってしまうものであることを、まず念頭において頂きたいのです。
次に、ある物の象徴性について考える時は、出来るだけ多くの、そのものについてのイメージを模索することが大切です。
では次に、そのやり方について、いくつかの事例をあげながら、そのコツについて学ぶことに致しましよう。

象徴性についての考え方

まず、テーマを「刃物」ということにして、それについての考察をしてみましょう。

センターのわたしたちを訪れたフレッドは、雇用主を殺そうとして、ナイフで剌しかかっている夢を見た。眼をさましたとき、冷汗で全身、ぐっしょりしていた。あんまり驚いてどうしても眠りへもどることができなかった。
わたしたちはフレッドに仕事の様子を訊ねた。彼はあるプラスチックエ場の副工場長をしていた。
彼は仕事が好きだ、良い職業だといった。わたしたちは、では、上司との関係はどうかと訊いた。
フレッドは工場長を好かないと認めた。
「彼はしょっちゅうぼくを苛立たせるんです。ぼくはそれで胃潰瘍になりました。ぼくは彼の不公平、不正義に無精に腹が立って、どうしても眠れない晩が幾晩かあります。工場長は実に気むずかしい男なんです」
わたしたちはナイフのことを訊いた。「これは君にとって何を象徴しているんだろう?ナイフは何だろう?」

フレッドは考えを巡らせていた。「何かを切断するものです」とようやく彼は答えた。
これは夢の意味へのカギであった。彼は自分の感情を探索していって、彼のいちだんと高い自己が彼に大切なことを教えているのだと結論に達した。つまり、彼には、この人間関係を絶ちたいという内的欲求があること。それから、副工場長といういまの職位も、上司との人間関係悪化を忍ばねばならないほど価値の高いものではないということである。わたしたちは、スーザンの場合同様、この件は個人面接へ引きつづき持ちこんで追跡し、なぜ彼がこの上司にこれほどまで我慢しているのかの理由を探らなければなるまいと感じたのだった。

フレッドは家庭思いの男であった。サンフェルナンド・ヴァレーエンシーノに三ベッドルームのある快過なホー厶を所有しており、妻と十代の娘二人を愛していた。そのプラスチック工場は勤めて八年になり、彼が自分でもいっていたとおり、この職は気に入っていた。また彼は、石油工業界は原料不足とコスト高のため非常に不安定な伏况にあり、彼の工場と競争関係にあるあちこちの会社がいまバタバタと閉鎖しかかっている事実を、彼は強く意識していた。彼は、いま辞めたならば、これに匹敵するよぅな職は見つからないと強く信じていた。それで彼は、できるだけ彼の上司との仲は丸く納めていこうと努めていた訳であった。
もしフレッドが上司との人間関係を絶ちたいと願望していなかったら、夢の内容もよほどこれとは違っていたに相違ない。

[出典:ナ・ダーム―あなたの中の不思議な力/L・チェーズ、C・W・キング(日本教文社)1987]

この引用例で注意して頂きたいのは、刃物の意味性を「切断する」という点について重視していることです。そして、それが「縁を切る」という象徴になっているのです。
次にもう一つの刃物の解釈例を見てみましよう。

恋人がいるのに別な人と結婚するはめになり、山へ行く途中、大きな刃物で渡りあい、刃物を落してしまう。更に山奥に入り、ナィフで木彫
りの人形を彫る夢。

このよぅな夢を見たときは恋人とディトの約束をしていても逃げられます。ちゃんと大きな刃物を振りまわして大儀名分をふりかざすことでしょう。

刃物を手に持つのは吉夢ですが、その刃物を落してしまっては吉夢を逃がしてしまいます。しかし、小さなナィフを持つことになりますので、大吉を小吉に持ち変えることになります。

ただ、山中で一人淋しく木彫りの人形を彫りの人形を彫ることになります。
恋人に逃げられるのですから大変不幸のように見えますが一人淋しくというよりは一人で勝手なことができるようです。一人でいる方が気楽だということは小さい刃物を待っていることです。
恋人と別かれることができてむしろ幸だったということになります。あまり人に好かれるのも面倒なこともあります。

[出典:「夢判断」新出明江]

ここでは、大きな刃物を「大儀名分をふりかざす」という面白い表現をしております。
刃物を持つのは吉夢としておりますが、それは、人生の戦いの場において、武器を得た有利性を示すからです。
木彫りで人形を作るというのは、その恋人の代りを得ようとする願望でもあり、また、それは創作性、新しい生活などを示唆しております。
いずれにしても、ここでも、刃物は「縁の切れ」を象徴しております。

この他に、日本には古来から、刃物に刺される夢は吉夢で、これは「身内にカネが入る」前兆とされております。このような、語呂合せやシャレのようなものも、イメージカの一つであり、案外にそれが的中することがあるものです。

まず混信夢を探せ

ここでもう一度、みなさんの注意を喚起したいのは、夢のストーリー性全部を、ある一つの解釈の対象にしてはいけない、という点です。

これは当会独特の考え方で、夢には、その多くが日常生活のくり返し、あるいは反映である部分が多く、その中に混じって、不意に登場してくる事物、すなわち「混信夢」にこそ、深層意識からの伝達が隠されているのだ、と見ているからなのです。

ですから、その混信夢の部分にだけ、まず関心を向けて、その象徴的な意味をさぐろうという態度が必要です。

とても具合のいいことに、眠りから覚めたあと、最も鮮明に思い出されるのは、この混信夢の部分なのです。これは、その事物が、その夢のストーリーの中では、いかにも唐突な出現であり、その奇妙さの故に、感情に刺戟を与え、それが記憶となつて残りやすいためだと考えられます。
これは、深層意識が、その伝信の内容を表層意識につたえるために意図したトリックではないかと思えるほどです。

では、ここらで夢の分析法から、次にその夢のコントロールへと移って行くことに致しましょう。

夢と幽体離脱

今までに何回か、夢は主として、アストラル体の遊泳であり、それは時には、体外にも離脱するものであることも述べました。
ここで、前に学んだ「オーラの五層性」について、更にくわしく学習することになります。
それは、このような「気体」は、体外にオーラとなって、その五層性を形成しているだけではなく、肉体内部においても五層性をなしている、という点についてです。

この五層性は、浅いところから、
①テルモ体(熱気体)、②エーテル体(磁気体)、③アストラル体(霊媒)、④メンタル体(識体)、⑤コ—ザル体(因体)というふうに、次第に肉体の深部に及んでいるのですが、但しこれは、オーラの場合、体外に五層のオーラを形成するように、肉体内部へ五層となっているものではないのです。

肉体内部における気体の五層性は、各細胞ごとにあり、また諸器官ごとにもあるのです。この意味で、各細胞、諸器官は、それぞれ肉と同時に霊を保有しており、私たちの肉体は、細胞と同時に、霊の複合体でもあります。
そして、その霊気体は肉体に属しているのですが、時に、波動となって、身体の内外を漂遊するのです。

注意すべき点は、それが身体の内外に遊ぶというところです。表層意識がその働きを休止するに従って、その動きは始まるのですが、その運動が内的傾向にある時は、それは「夢」であり、それが外向的になった時、「霊体離脱体験」と呼ばれるものになって行くと思われるのです。

自覚夢

自分の見る夢を、自らの意識でコントロールするための必須条件は、まず「自覚夢」といって、夢の最中に「自分は今夢を見ているのだ」という気づきがなければならないのです。
そして、この自覚夢を体験できるようになれば、それは、霊体離脱体験にまで発展させて行くこともできるのであります。

"自覚夢"は体外遊離の第一歩
さて、シリア・グリーン女史は、自分は今夢を見ていると、自覚しながら見る、"自覚夢"という特殊な形の夢の研究でも、世界的に知られている。そして、この自覚夢と体外遊離経験との関係について、注目すべき研究を発表している。すなわち、自覚夢を見るときの意識状態は、体外遊離を経験するときの意識状態と密接な関係があり、その結果、自覚夢をよく見る人は体外遊離を経験しやすいといぅのである。

自覚夢については、最近アメリカでもスタンフォード大学などで熱心に研究されている。自覚夢を見ている状態ではESP能力が著しく高まると見られているほか、夢の内容を自分で好きなように変えられるため、ノイローゼなどの治療への応用も期待できることから、自覚夢の誘導法も心理学者や医師の手でいろいろ試されている。

自覚夢は訓練によってだれでも見られるようになるといわれ、イギリスのある研究者は、その訓練を容易にする実用的な機械を考案したという。この機械が期待どおりに働くならば、だれでも自へ由に自覚夢を見る能力を身につけられるはずで、そうなれば体外遊離も経験しやすくなると考えられる。

しかし、体外遊離経験のように超常状態への意識変容の度合が大きい心霊現象の場合には、その誘導に細心の注意が必要である。興味本位に安易な気持でモンローなど特殊能力者のまねをすると精神に思いもよらぬ障害をきたすおそれがあるし、心理学的にもいろいろな危険が考えられる。

もっとも、ふつうの人間でも、眠っている間は無意識のうちに体外遊離を経験しているといわれるから、自然に起こる体外遊離には特別な危険はないとみていいだろう。この意味でも、自覚夢から体外遊離へとアプローチする方法が注目される。つまり、自覚して夢を見ることは、ふだん夢の間に埋もれて意識されない体外遊離経験を、掘り起こすことにつながるのではないか、ということである。ちなみに、自覚夢には、しばしば飛行体験が現れると、英米の研究者たちはそろって報告している。

[出典:「厶ー」1983年7月号「私はこうして体外遊離した」]

[出典:唯心円成会伝法講義]

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