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【無能唱元・伝法講義録 040】物質界における霊格の進化向上

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霊格の向上と幸福感

「万物は常に進化発展しつつあり、その進化の途上にあり、進化しつつあるということが幸福感を与えるのだ」という宇宙の一大原理をここにもう一度思い出して欲しいのです。
すなわち、あらゆる生物は進化の途上にあり、それはとりも直さず、それぞれの生物における「霊格の向上」そのものなのです。
私たち人間は、この地上に生きている間に、それぞれの霊格の向上を行なっております。
しかし、多くの人々はあまりうまく行っていないようでもあります。そして、生きながらの地獄(つまり乱の内にある退嬰的願望)に落ち入っている人も決して少なくはないのです。
これらの人々の霊格の向上は、現世においてストップし、そして死後も、囘じような地獄界行きを自ら選択するようになるのであります。
では、この「霊格の向上」とは、いったいどういう行為あるいは意識のあり方によって得られるのでしょうか?
これについては、古来からいわれていることは、「物質的欲望を捨てる」ということによってそれが得られるとしているのでありますが、当円成会は、そのような単純なことに答えがあるのではないとしているのであります。

一つの質問としていえることは、物質的欲望が霊格の向上を妨げる唯一のものであるならば、なぜ物質界が私たちに存在したのであろうか?という疑問です。
古いキリスト教徒ならば、それは神の試しであるというかも知れません。神は人々に物を与え、それに欲望を起こすかどうか試験をしているのだ、という説です。これに一面の真理はないことはないのですが、しかしこの考え方からすると、神とは随分意地悪い、陰険なお人であるという印象が生じてしまうのではないでしょうか?

この世に「物質」と「精神」が存在するならば、その二者ともに、存在するための重大な意義を備えていると考える方が自然です。すなわち、精神が神聖であるならば、同じように物質も神聖であり、この二者の比較の分別をするのは、迷いの意餓によるものです。

造物主すなわち宇宙の根元意識の創ったものに無駄なもの、また卑しく悪しきものなどは何一つない筈です。
このように考えてくる時、万物は等しく尊いものであり、すべては「一如」の世界にあることが観てとれるのです。

では、この物質界における霊格の進化向上とは、いったいどのようにして為されるのでしょうか?
その答えは「自己の肉体(物質)の進化に寄与貢献する行為にある」のであります。
単細胞であった生物が進化発展し、やがて人間にまでたどりついたように、自らの能力を拡大発展させようとの意欲に燃え、そしてそれをアラヤの内に蓄積し、その因を果として出現させてきた歴史にそれが示されてあるのです。

話を解りやすくするために、次のような例えをもって説明しましょう。
今、ここに、耳、鼻、ロを持っているがまだ眼をもっていない生物がいるとします。そして、この生物は「視る」という能力を得たいと願っているのです。そして、この願いをアラヤ識の中に、肯定的な情念と共に送り込みつつあると、遂にある日、その眼をこの生物は得るのです。

こうして、この生物は人間になれた、とこう考えるのです。
このような進化(肉体面の)にある時、霊格も進化向上しているのであり、この時、この生物は「充足感の中にある」のであります。

この充足感こそ、進歩的願望の現れであり、これは退嬰的願望の反対に立つものであります。
すなわち、私たちの生活が、充足感の中にある時は、私たちは進歩前進しているのであり、その進歩前進している時が幸福感の中にあることの証明なのです。

死は終りではない

始まりなき昔、宇宙の根元意識は無限的大普遍としてあり、それはアラヤ識となって、個の意識を生じさせた時、有限界が現れ、それは存在となったのでした。
そしてアラヤは、現れた現象を次々と種子として自己の内に貯えつつ、そしてまたそれを開化結実させつつ進化発展させつつ現在に至ったのです。

アラヤ識は、一切の事物の根元体です。それは、現世の事物のみならず、霊さえも、その産物なのであり、アラヤは来世も、そのまた先きの未来も、次々と、過去の記慷という種子を素材にしてその果を創り出しているのであります。

そして、それは「単純より複雑に」「粗大より精密に」「重きより軽きへ」「低きより髙きへ」「偏りより普遍へ」「有限より無限へ」というように進化しつづけているのです。
私たちが、自分たちの人生を眺める時、その目に見えるもののみに捕われ、有限の鎖に意識がしばられてあるならば、死は一切の終りのように思えるものです。
しかし、死が一切の終りであるならば、人生には何の意味もありません。
この意味では、私たち、すなわち私たちの霊は不死なるものであり、この人生はたんにその一途上にあるに過ぎないものと考えられるのであります。

[出典:唯心円成会伝法講義]

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