無能唱元

【無能唱元・伝法講義録 049】神経ホルモンを造る食べもの

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真の健康

「真の健康」とは、何をもって定義すべきでしょうか?
無病で元気に生活している、というのがその常識的な意味でしょうが、これが神秘学的な立場から定義すると、これだけでは不足なのです。

真に健康であるための第一条件は「霊的回路が円滑に働いている」ことが必要なのであります。
霊的回路とは、解りやすくいえば、全身にくまなく張りめぐらされている神経ネットワークのことです。この神経内に流れている電気的な力の流れが、円滑に行なわれていなければ、真の健康とはいえない、といっているのです。

例えば、深い瞑想状態に入るためには、ぜひとも、この神経団路がスムーズに働いていなければならないのです。あるいは超能力を得たり、宇宙意識の合一体験をするなども、この神経内の電流の働きによって、はじめてもたらされるものなのです。

私たちの霊格の上昇は、進化の法則によるものであることは、当会がくり返し主張しているところでありますが、この霊格の上界のためには、神経団路の働きが真に自由円滑でなければならないのです。

ところで、電流がその回路の中を流れるためには、その回路の内に「神経ホルモン」が分泌されていなければいけません。そして、そのホルモンを作る材料は食べものから摂取されるのです。
したがって、このホルモンの原料を含んでいる食べものが不足すると、電流の流れは悪くなり、精神状態は安定を欠き、いきおい、それは病気のもととなるわけです。
逆に、その原料を含んでいる食べものを常時とるようにしていると、電流の流れは非常に良くなるので、もし当人が欲するなら、超能力の発揮から、宇宙合一体験までの法悦までも可能になってくるのであります。

以上のような理由から、自霊を高めようとする神秘学徒にとっては、世の常の栄養学にも増して、食べものの選択は重要になってくるのです。

神経ホルモンを造る食べ物

チロシン
この化学物質は何種類かのホルモンを体内で造り、神経に興奮を与えます。精神をはつらつとさせ、活動的な気分にさせます。

トリプトファン
この化学物質は、チロシンとは逆に神経を鎮静させるセロトニンというホルモンを造り、それが神経内に分泌されます。

①は覚醒を、②は瞑想をと、二つの状態をより強力にするこの二つの化学物質は、奇妙なことに次にあげる同じ食べものの中に共存しているのです。

大豆などの豆類一切
くるみ、ピーナッツなどの木の実
牛乳、チーズの類
ノり、ワカメなどの海草類
アワ、ムギなどの雑こく類

(他に、小魚や肉のレバーなどがありますが、これは事情があって、ここでは省略します)

グルタミン酸
これは大脳の気分や感情を調整するためにギャバというホルモンが神経内に情報伝達するのです。

このギャバは①と②によって造られたホルモンをコントロールするので、結局は気分や感情を調整できるのです。
このグルタミン酸も前記の食べものの中に含まれています。

コリン

この化学物質は現代病の根元的なもの、すなわちストレスを解消するホルモンを造るのです。
これは、ビタミンB群の一つで、前記の食べものの他に、

黄緑色野菜
植物油
などに多く含まれています。

霊的能力を高めるためには、この他に白砂糖を避け、カルシウムを摂取する必要があります。それで砂糖は黒砂糖か、三温糖にし、カルシウムは大豆、ゴマ、ピーナッツなどからとります。肉類は段々とへらし、小魚類に換えて行くことです。

酒、タバコも止めた方がよろしい。そして、行く行くは、小魚も止めて、完全菜食主義的になるのが望ましいのです。

ここで私が、完全菜食主義"的"といって、完全菜食主義者といっていない点にご注意ください。
日常、肉・酒・タバコ・砂糖を避けることは望ましいのではありますが、それを厳正な戒律として、自分自身がそれに捕らわれては不味いのであります。

あくまで、自由の精神を尊ぶ当会の教義としては、良いことは自ら行なえば良いのであって、それをもって他人も自分も強制したり、しばったりはしないとしているのです。
時に応じて、おつきあいとして、前記のある程度有害な食品を食べても、また、自らそれを避ける生活にまた戻れば差しつかえないのであります。

菜食の勧め

しかしながら、結論として申すならば、菜食は肉食よりも、霊的能力を強化するということは間違いないのです。
というのは肉食は菜食に比して、より酸性的であり、それはより濃密で粗大な、より物質的なるものだからです。
ただし、菜食といっても、それは粗末なもの、貧弱な内容、またまずい味であっても良いといっているわけでは決してありません。

肉食中心主義は一時的な力を発揮しますが、持久的なねばり強さでは、菜食者に敗けるのです。
それどころか、肉に対しては、味覚の点で、ともすれば淡白になりやすい野菜としては、肉食の場合よりもっともっと、気を使い、工夫をして、そこにおいしさを造り出さねばならないのです。
この点、禅宗では、食事を「食(じき)」と呼び、それは生活して行くには最も大切だとしているのですが、充分うなづけるところです。
禅寺で作る精進料理は、典座(てんぞ)と呼ばれる料理方の坊さんたちがそれぞれに工夫をこらしたものですが、濃い味のもの薄い味のもの、肉におとらぬコクのある味のものがあるのです。

[出典:唯心円成会伝法講義]

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