無能唱元

【無能唱元・伝法講義録 071】積極的に受動的になる

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先回までに学習された催眠法において、みなさんは、「催眠の目的は、もっぱらその後催すなわち、心下意識にインプットされる刷り込み用語を用いるところにあるべきだ」という当会の主張について、よく理解されたことと思います。
「後催眠性」に対する当会の考え方は、それを用いるのはアラヤ識に刻因するための、より直接的、即効的な方法といってよいでしょう。
通常の思念は、しばしば、その反対的情念などに邪魔されて、アラヤ識に入らずに解消してしまうのですが、催眠状態にある時には意識活動力は弱まっているので、与えられた言葉は、易々とアラヤ識の中に入り、しかも即物的な効果を発揮するのであります。
ですから、この後催眠性の持つ恩恵を得ようとするならば、まず、自分が催眠状態にならなければならないのです。そして、その催眠深度が深いほど、その後催眠力は強くなるのであります。

積極的に受動的になる

では、自分が今、催眠術をかけられているとして、どうすれば、この催眠状態に深く入れるのでしょうか?
その答えは「積極的に受動的になる」という点にあります。すなわち、すすんで施術者の言葉に従おうとする意志がまず大切なのです。
そして、身体を開放して、相手に空け渡してしまうのだ、と心にきめてしまうことです。
では、この抽象的な表現を、具体的にはどう行動するのか、といえば、それは一語でいうならば
「ふりをする」ということになりましょう。つまり、これは施術者の言葉通りに従ってみることを意味しております。
「目は閉じる」「後へ倒れる」などの示唆の言葉に従って、そのようにしてみるのです。
このような、ふりをしている状態でいる時の感じは「いつでも、パッともとに戻れる」という、自分の運動的知覚を、完全に掌握している感じです。
ところが、このふりをして、施術者の言葉に従っている内に、ある一種のボーッとした気分につつまれてくるのです。これを、ある学者は「アルタード的無意識状態」と呼んでおりますが、これは胎児が子宮の液体の中に浮遊している感覚を表現し、私たち人間は、記憶にその時の体感覚が残っていて、時折そこへ戻ったような感じを味わうのだというのです。
これは要するに、心の活動の休息タィムを現しているのですが、海の波の働きをじっと眺めている時など、この休息に心が入っているのです。ですから、よくいわれる「放心状態」は軽い催眠状態に入っているのだといえます。
しかし、これは放心状態といって、心の状態のみを表現しているように思えますが、これはむしろ、肉体的感覚の休息を意昧しているのです。
換言すれば、これは、心の肉体上における働きの休止であり、心の動き、つまり意識活動そのものは休止しているのではありません。
ここが、多くの人が、催眠を睡眠のように間違えて考えてしまう点があります。
そして、時折、催眠から覚めても、自分は催眠にかかったようには思えない、といいます。なぜなら終止、意識ははっきりしていたから、というのです。
しかし、殆どの場合、非常に軽くはあっても、心的活動の肉体面における休息は起こっているのであり、この意味で、それは催眠にかかっていたと呼んでも差しつかえないのであります。

以上述べたことは、催眠にかける前に行なう「誘導暗示」の際に話すと非常に有効な話題ですので、この部分をよく読み、よく理解し、そしてよく記憶されることをお勧めします。

誘導的話術

この他に、誘導暗示に際しての有効的な話題は、幾つかのケースが考えられますが、いずれの場合も、後催眠現象で、相手が何かの利益が得られることを理解させ、そしてその上に、その利益を得たいという気持ちにしむけることが大切です。
この誘導暗示の技術は、催眠の時ばかりではなく、例えば優秀なセールスマンは売り込みの時、無意識の内にこれを用いて大きな成緒を上げているのです。

次の一文は、世界最高の自動車セールスマンとして、ギネスブックに十年間連続して記録されたジョー・ジラ—ドという人の言葉です。

私は、「貴方のように車をたくさん販売している方は、さぞかし強引に売り付けるんでしょうな」と言われたことがあるが、私は人に買わせようとしたことは一度もない。私の場合は買うようにしむけるのだ。

セールス成功のもっとも重要な決定要因は、お客が私を気に入り、私を信用し、私を信頼してくれることだ。私がもしお客のうちにそういう態度を起こさせることができなければ、私はセールスに失敗するだろう。お客に愛されるのはかなりたいへんなことだが、気に入ってもらうように仕むけることはできる。

私はこの哲学のおかげでナンバーワンになれたと思っている。もしも貴方がセールスによって金持ちになりたければ、この哲学を身につけるべきだ。つまり、お客にさせるのではなく、するようにしむけることだ。

態度をつくることも一日の販売計画の一部である。
気持がめいっていても貴方は仕事に出かけなければならない。この場合、どんなことであれ、貴方の消極的な気持を押さえこみ、たとえその気持を消し去ることはできないまでも、ソレに立ち向かわなければいけない。そうすれば、お客が入ってこようと電話がかかってこようと、いやな気分を押しのけることができる。

しかし、貴方はまず自分がどんな気持でいるのかを知る必要がある。そうでなければ、自分の感情を整理して処理することはできない。もし貴方が自分の心の動きをコントロールできないなら、その気待はお客に伝わり、お客は初めから貴方に疑いの眼を向けることになる。

[出典:セールスに不可能はない/ジョー・ジラード]

この引用文の中頃にある、自分の態度をつくる、ということは、催眠をかける場合にもあてはまる重大な意味があります。
つまり、消極的な気分で催眠をかけても、その気持が被術者につたわり、それはあまりうまく行かせなくなつてしまうのです。
この態度とは「心構え」あるいは「心的態度」というのですが、これはぜひとも積極的かつ自信に満ちたものである必要があります。

催眠は、かならずかかるもの、という断固とした信念をもつて、催眠法は行なわれねばなりません。この自信に満ちた態度が、被術者の心に信頼感を抱かせ、それがラポールと呼ぶ協調的感情を誘起させるのです。
これはつまり、他者催眠をかける前には、まず、自分を誘導暗示し、積極的な心構えにしておく、ということになります。すなわち、他者催眠に秀れるためには、自己催眠に長じてもいなければならない訳です。

誘導暗示、つまりそれは催眠にかかることを勧める話術のことですが、この際には、後催眠現象の素晴らしい効果についての知識を数多く仕入れておく必要があります。
それについては、何冊かの催眠術の専門書を読み、その中での「病気を治した」「小心恐怖を克服した」「セールスの業績をあげた」「女性が美しくなった」などの諸例についての情報集めをやるのです。
項目例にノートをとり、その刷り込み用語の実例も記すことです。以後、くり返しこのノートを読めば、それは誘導暗示に長ずるばかりでなく、後催眠現象を起こさせる技術も自然と身につけることができるのです。
次の引用文は、そのための実例として適当なものです。催眠専門書を読み、このような部分をよく記憶することが大切です。

気弱な営業マンの告白
自己催眠状態で、「毎日毎日、セールスに生き甲斐を感じるようになる。そして毎日二十軒訪問しないではいられない。訪問しないでいると、何か忘れものをしたような気待になり、家へ帰ってもいらいらして落ちつかない。だが、二十軒訪問したあとは、とてもすがすがしい気持になり、仕事を終えたあと、こころゆくまでたのしめる」という暗示をくりかえすことによって、一週間後からの訪問軒数を四倍にも高め、収入を三倍にまで高めた訪問セールスマンの言葉を要約して掲げてみよう。

彼は、電化製品のセールスマンで、二十五歳。セールスをはじめて三年目だが、自信が持てず訪問恐怖の傾向もかなり残っており、セールスの実績も標準をやや下回っていた。果してこの職業を続けていいものかどうか、迷いはじめ、私のもとを訪れたのである。そして一力月後、以下の骨子の礼状が届いたのである。

「指導を受けた直後もまだ半信半疑でした。自分でやってみて、これで十分な自己催眠状態に入れているんだろうか、という迷いがありました。でも、その状態の時、例の啓発暗示をくりかえしくりかえし与えることだけをこころみていました。朝、昼、夜、一日三回欠かさずにやりました。
……四日目のことです。訪問しようと目指す家の前にきたとき、変な意識が生れたんです。そろそろ暗示の効果が出てもいい頃だが、効果らしいものはまだみえない。でも、ここで頑張って入らないと、せっかく暗示を与えてきたのが台なしになってしまうかもしれないし、先生の指導に対しても申し訳ないみたいな気がしたんです。そんなわけで、勇気を出して訪問したわけです。だからその時にはまだ暗示の効果とは思いませんでした。

とにかくこんな気持でしたから、意識的に頑張って、十二軒、結果的には訪問してしまったんです。いままでは平均六軒くらいでした。その翌日も同じような心理状態でのぞみ、訪問軒数はさらにあがりました。でも暗示の効果じゃない、意識的に頑張ったせいだ、と思うのでした。しかし日がたつにつれ、慣れのせいか、抵抗を感じずに訪問できていた、ということに気づきはじめました。

八日目には、なんと数えてみたら二十軒訪問していたのです。この時、はじめて暗示の効果がやっぱりあったんだなあ、という気がしました。それからは、暗示法に信頼感が出たのでしょう。とても楽な気持で訪問できるようになり、精神的に余裕が出てきはじめ、訪問軒数だけでなく、セールスに成功するチャンスが高くなりはじめました。二週間目ごろには、自分でもセールスをやっていける、という自信めいたものを感じました。

……ーヵ月目、つまり一昨日ですが、意地悪して暗示効果をためしてみよう、と思ったんです。
午後訪問をさぼって、喫茶店ですごしたのです。果して暗示どおりいらいらするか、と観察したのですが、その感じはあまりしない。で、まだ暗示効果は十分じゃないんだ、そんなふうに考え、しばらくして帰宅しました。家へ帰ってから、暗示効果などすっかり忘れていたのですが、妹から、「今日、お兄ちゃんなにかあったの」といわれたんです。どうして、と聞きかえすと「だってちっとも落ち着かず、煙草を連続に五本も吸ったりして、ほとんど吸わないうちに消してしまって、もったいないったら」そういわれてみると、たしかに落着いていなかった、ということに気がつき、はっきりと暗示効果を自覚しました。」

[出典:「五分間催眠術」山口彰著、大和書房刊]

この例は、施術者は、まず彼に他者催眠を施し、次にそのやり方を自己催眠で、自宅で続けるよう指導し、それが成功した例です。
この文中、特に注目されるのは「うまく行かなかったら、先生に申し訳ない」という気分が生じている点で、この協力精神で自らをふるい立たせるのを、ラポール現象というのであります。

では、講義の最後に、次の引用文を読み、催眠についての注意を知って下さい。

精神学者であり、催眠の権威の一人でもあるミルトン・エリクソンは、催眠そのものが相手に害と、なった例は皆無であるが、薬品その他の療法と同じように、催眠にもやはりまちがった使い方をする恐れがあると述べておられる。悪いのは用法の誤りであって、催眠そのものではない。だから舞台催眠家や、危険の可能性をよく知りもせず、催眠を本当によく使いこなせない者に催眠をかけてもらうのは愚かしいことである。催眠を用いてはならない場合というのは、催眠を行う人およびその相手になる人によってかなり違ってくると言っておいた方が安全であろう。非常に心が乱れたり、ひどくゆううつになったり、神経衰弱の一歩手前だったり、精神病になる危険のある人の場合は、軽々しく催眠に入れてはいけない。
催眠が危険で悪い影響を及ぼす可能性があると大っぴらに言う人たちがいるので、このことに触れておこう。催眠を使って治療を行うと、患者は催眠家に依頼心を持ち過ぎるようになるという批判がある。これはラポールの現象に関係している。この現象が起こるのは治療の初期の段階であって、患者の症状が良くなり出すと、だんだんなくなり、治療が成功に終わった時点で、依頼心はすっかりなくなる。実際問題として、医師と患者の関係には依頼心はつきものである。

[出典:「催眠のすべて」L・M・レクロン著、講談社現代新書刊]

以上、失敗しない催眠について述ペましたが、これははじめ、十才前後の子供か、自分に対して好意を持っている友人などを相手に試してみられることをお勧めします。
というのは、自分に対して協力的になれる相手が、まず必要だからで、子供や好意的な友人は、それにむいているのです。
なお、一回や二回の失敗にめげずに、くり返し実験してみてください。必ず成功します。では、みなさん、ごきげんよう。

自分の意見を決して引つ込めない者は、
真理よりも自分自身を愛している者だ。
[ジョセフ・ジュベール/Joseph Joubert]

[出典:唯心円成会伝法講義]

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