龍青三

カルト脱会者への祈り

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キリスト教界から異端とレッテルを貼られ、世間様からはカルト教団と白い目で見られている某教団。
この教団は、信仰のない外部の人間を『世の人』とレッテルを貼って差別しているわけだが。

異端といっても悪魔崇拝をしてるとかそんなことは全くなく、キリスト教のシンボルともいえる十字架もかかげていない。キリスト像すらない。
むしろ聖書研究に熱心に取り組み礼儀正しくまじめな人たちが多い。
他の、異端と認定されている霊感商法で悪名高い、カネカネカネ……のあの狂った教団と比べたら品行方正な人たちばかりだ。

そんな教団内で苦楽を味わった信者が、あるときふと目覚めて教団から抜ける……

カルト世界から抜けたことはまことに喜ばしいことである。
カルト内でさんざん吹き込まれていたところの『サタンに牛耳られた恐ろしい人々』、自分が現在いわゆる『世の人』になって、世間様と深く交わることになる。

『世の人』って教団内で上から目線でエラソーにしてる幹部らと違って普通じゃん!いい人たちじゃん!という気づきを得る。

確かに、教団がいうところの『世の人』はサタンが憑いてるような連中はごく少なくて、たいがいが善き人たちだ。

ただ、善き人といっても、環境や縁によっては悪人とまではいわなくても『嫌なヤツ』になることはおおいにあるわけだ。

教団内で(聖書を根拠として)清く正しく生きようとしている人たちは素晴らしいと思うが、表面的に清く正しく見えるだけで『嫌なヤツ』になる種まで消滅しているわけではない。

カルト宗教を抜けた人たちによく見られるのは、カルト内の人たちを上から目線で眺めていること。カルトを叩くことで自分を善側に押し上げる。そして、気づかないうちに傲慢になっていく……

文化の違いで忌み嫌うC国人とかK国人でも、もし日本に生まれていたら日本の文化に染まり日本人の出来上がり。どの国に生まれようがどんなカルト教団に入ろうが、たったひとつ生命にかわりなく、環境や縁によって『善き人』『嫌なヤツ』になるのであって、もともと『善き人』も『嫌なヤツ』など存在しない。

カルトを卒業した方に対して私は、カルト内にいるときより『嫌なヤツ』にならないようにと祈るばかりです。

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