老子現代現場訳 Kindle出版 叡智

【Kindle版】ざっくり解説『老子』: 個人学習ノート

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青樹謙慈:個人的学習ノート電子書籍版。
以前、老子に関連する講義の受講ノートをBlogで公開していたものを電子書籍化したものです。老子の概観をざっくりつかむための手がかりとして活用くだされば幸いです。

目次
乱世を生き抜く知恵
我々を束縛するもの
『道』とは身体意識を超えた意識
楼宇烈『老子道徳経註校釈』による老子解釈
万物の"神秘な扉"の向こう側
聖人の政治とは
道と一体になる
大いなる道が廃れる
樸(あらき)という生き方
樸の反対は器
鼓腹撃壌(こふくげきじょう)
世の中にとって一番害悪なものは善人
ピーターの法則
王陽明の悟り
奥深い明知
老子的生き方

本書より抜粋

老子の教えを一語でいうのは非常にむずかしいが、あえて言うとすれば、『何もしない』ことをする。何もしないことのススメ。といえよう。老子はそれをどのように表現しているかといえば“無為自然”という。

『道』とは身体意識を超えた意識

道というのはであって、しかも自然としての相も持っている。
老子を単純に読んだだけでは、全面的に文化を否定しているように読めてしまうが、作為的な文化や道徳というものを否定しているのであって万物をあらしめる自然の道に従う無為自然の生き方が理想であるとしている。

乱世を生き抜く知恵

老子が生きた時代は戦国時代。老子は、乱世にどのようにして生き延びるか、という知恵を説いた。
現代は戦国時代でないから老子の教えは必要ないと思うかも知れないが、実はそうではない。アルビン・トフラーによれば、第三の波が押し寄せてきている時代である……

……第二の波、それを今われわれが最も自然であり正しいものだと思っている。ところが、学校教育制度のあり方、企業のあり方、議会制度というものが、今までの体制では無理が生じつつある。制度そのものが、第三の波が押し寄せてきて崩壊しつつある。そして、第二の波に固執する人と、第三の波を支持する人とが今まさに死闘を始めようとしている。(始まっている?)現代もある意味では乱世といえるのではないだろうか。

我々を束縛するもの

ジッドゥ・クリシュナムルティは言う。
自由こそ最初のそして最後の一歩である
では、我々は何から自由にならなければならないのか?
それは「思考こそその元凶であり、我々を呪縛しつつづけているものである」と。

この難解な教説を理解するために、まずは思考と意識を別物と考えてみる。
ここでいう意識とは、『生命あるいはすべての存在をこの世に表出せしめている力』である。老子はそれをタオ(道)と呼び、仏教では般若と呼んでいる。
また古代ローマの哲学者プロティノスは「あらゆる存在はただ一者より流出する」と唱え、この一者を『ト・へン to hen』と呼んだ。「このものは存在自身でないゆえに、存在の産出者なのであり、このものが完全成熟して溢れ出すと存在となる」と説く。思考とは、記憶をもととした連想であり反復増大する二次的意識であり、存在の根本的意識の上に構築されたものである。

ジッドゥ・クリシュナムルティは言う。
「思考は記憶であり、経験、知識である。思考はそれ自身その本性や構造が分裂的断片的である。それは快楽と同時に葛藤、争いを生じさせ、悲嘆や苦痛のもととなるのです」
思考の放棄とは、自己の放棄でもあります。この瞬間が愛であり、共感および慈悲であります」と……

ピーターの法則

「組織において人はおのおのその無能レベルまで昇進する」
ということは、「組織はいつかすべて無能な人々の集団となる」
だから、賢いはずの人々の集団が考えられないようなヘマをしでかす。
無能レベルの手前で踏みとどまろう。そうすれば誰もが有能でいられる。
[出典:ピーターの法則――「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由]

人間の成功とか出世という問題について考えてみたとき、
「いかなる人間も、人生の階級的社会を昇っていく時に、ある階段で必ず無能レベルに達する」という。
つまりわれわれはその無能レベルに達することから逃れることができないとうことである。

われわれの心の中には『服従と支配』という二つの対人的あるいは階級に対しての態度・心構えがある。われわれは最初、服従型を強いられる。そしてそれは美徳なのである。
たとえば企業が要求することは、能力とかアイデアではなく歯車の一部として働くこと、それは『服従』。個性を発揮し、能力を発揮することは許されない世界、有能者は要らない、従順な者だけが生き残れる世界。

ところが、昇進というスッテップを昇っていくと、従順に服従していればよかったものが今度は支配管理する側になることが要求される。しかし長い間の服従期間になされた教育(洗脳)や、自ら蓄積してきた情報、思考信念信条のようなものが頑固に基礎を固めているために、服従モードから支配者モードに切り替えることなど一朝一夕にできるものではない。だから管理職になると、被害妄想になったり、精神を病んだりしてとだんだんおかしくなる、あるいは管理職として務まらず、果ては無難な部署へ回され窓際族となる、といった『企業あるある』は、こういった背景・理由がある。

このように、無能レベルに達した人は、それより上へ行くことはできなくなる。それは老子のいう器:服従型というのが器になってしまったからである。だからといって支配型のメンタルで新入社員として入っても、階段を昇る前に無能レベルに達してしまうからすぐにはじき出されてしまう。だから、時と場所と状況(TPO)に応じて自分が変わらないといけない、毎日、毎時、毎分変わらなければならない……


 

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