老子現代現場訳

【老子 第17章】大上下知有之~『自分の思い通り』は最低の人

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大上は下之れ有るを知るのみ

自然(じねん)=自ずから然る

最上の政治は、無為の化に待つべきものであることを述べ、
徒に言語を以て人に説くことの過ちなることを教えている。

身近な家庭において、所帯主としてのおやじの在り方。
どういおやじが理想のおやじの在り方かというと、

おやじは書斎にこもってなにやら本を読んだり書き物をしたり、
ぷいと出かけていったり、ふらと帰ってきたりして、
一体おやじはどんな仕事をしているか家族は知らない、
けれど家族は喰うに困らずつつがなく明るく楽しく暮らしている。

こように、おやじの存在はいるのかいないのかわからない。
ソンケイモサレズ、カンシャモサレズ、ホメラレモセズ、
カトユウテ、クニモサレヌ、デクノボー。
のような存在、これが最高のおやじの在り方。

家族皆から慕われ尊敬されている満点パパみたいのが、
次によいおやじの在り方。

その次にレベルの低いおやじは、居場所がガンとして決まっていて、
上座とか下座とかにうるさく、口がへのじのなっていて、
話が長く、うんちくと訓示を垂れるのが好きである。

おやじの気に入らないことがあると、
叱責されたり体罰を受けるので家族は皆おやじを恐れている。
おやじの顔色を見ながら暮らしているので気が休まらない。

そして家族からナメられ侮られているのが最低レベルのおやじ。
おれが家族を養ってやってるんだといううぬぼれを持っている。
世間体ばかりを気にし、家族に対する顔と世間様に対する顔が違う。
自分のことをひとかどの人物、よき父、よき夫だと思っている。

身近なケースであるとろの、所帯を治めるにおいてもそうであるように、
組織の長、経営者、各界リーダーたる者、ノウガキよりも、
まず第一に誠実さがなければならない。

心ここに在らずのたぬきおやじは次第に信用を失うが、
あるがままの人のまわりは全てうまくいく。

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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大上下知有之。其次親而譽之。其次畏之。其次侮之。
信不足焉。有不信焉。
悠兮其貴言。功成事遂。百姓皆謂我自然。
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大上は下之れ有るを知るのみ。
其の次は親しみて之を譽む。
其の次は之を畏れ、其の次は之を侮る。
信足らざれば、信ぜられざる有り。
悠として其れ言を貴れ、功成り事遂げて、
百姓、皆な我れを自然と謂う。
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人民がただその存在を知っているだけというのが最上で、
人民が親しみを感じたり誉めそやしたりするのは老子 第二級の支配者。
支配者をこわがる政治は、それよりもさらに低級で、
人民が侮るようになれば最低だ。
支配者に言行一致のする誠実さが不足すれば、
人民からもまた信用されない。
無為の聖人であるこのわたしは、
悠々として不言の教えを行い、
化育の功を全うして大事を成しとげるが、
人民たちはみな、このわたしをあるがままだと考える。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第十七章淳風]
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