老子現代現場訳

【老子 第18章】大道廢~大道廃れて仁義有り

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大道廃れて仁義有り

たとえば、イエズスさまが愛を説いたということは、
人びとに愛などなかったからである。

そして、イエズスさまの教えが、
今でも輝きを失わないのは、
人びとに愛などないからである。今でも。

人びとに愛と優しさ感謝思いやりがあれば、ぶ厚い聖書は必要ない。

ぶ厚い聖書が今でも人びとに読まれているということは、
今でも人びとに愛などないからである。

道(タオ)に根ざした生き方をして、
愛と優しさ感謝思いやりの心があれば、
仁義だの孝慈だの忠臣だの宗教だの誰某の教えだの、
そんなものは必要ないのである。

だから、
道(タオ)を体得した者は教義、経典など必要としないのだ。

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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大道廢。有仁義。知慧出。有大偽。
六親不和。有孝慈。國家昏亂。有忠臣。
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大道廃れて仁義有り、知慧出でて大偽有り。
六親和せずして孝慈有り、国家昏乱して忠臣有り。
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大いなる道が失われると、愛と正義の道徳が強調せられ、
さかしらの知恵が発達すると、人為の掟が盛んに作られる。
家のなかがもめてくると、親子の道徳が喧しくいわれ、
国の秩序が乱れてくると、忠臣の存在が騒ぎたてられる。

仁義の道徳が強調されるのは、大いなる道が失われたからで、
人為の掟が盛んにに作られるのは、さかしらの知恵が発達したからだ。
親子の道徳が喧しくいわれるのは、家のなかがもめるからで、
忠臣の存在が騒ぎたてられるのは、国の秩序が乱れたからだ。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第十八章俗薄]
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