老子現代現場訳

【老子 第23章】希言自然~沈黙のすゝめ

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希言は自然なり

沈黙のすゝめ

無為の徳をたたえ、なかんずく不言の徳を讃美する。

『雄弁は銀、沈黙は金』
[トーマス・カーライル:衣装哲学]

雄弁は大事であるが、沈黙すべき時や、
その効果を心得ているのはさらに大事である。
沈黙を守るほうがすぐれた弁舌よりも効果的な場合もある。

『希言』
道(タオ)の世界は言葉なき言葉、
その声なき声が『自然』のありさまである。

世俗の饒舌な言葉は虚飾に満ちている。
言葉を惜しみ無理に発言せぬのが自然というもの。

『人の患えは好みて人の師となるに在り』
[孟子:離婁・上]

人の欲望の中で、しゃべくる欲望というのがこれまた始末の悪いもの。
人のとかくおちいりがちな悪い癖は、それほどの学徳や技量もないのに、
人の先生になりたがることである。
むやみに先生になりたがるのは、しゃべくる欲望があるからである。

しゃべらないのが自然の道。
台風や大雨のように、大自然のわざでも永く続かないのだから、
人間が無理をした不自然な行為が永く続くわけがない。

何か事を為すときには、無理をしないほうがよい。
無理をすれば、どこかに必ずひずみが出てくる。

ところでその無理の生じないためには相手と力の均衡を保つようにする。
たとえば、相手が三の力で押してきたらこちらも三の力で押し返す。
ボケたらツッこむ、オヤジギャグを聞いたらとりあえず笑っとく。
相手と同じだけの道を以てこれと対応するがよい。

自然な行為には、自然な反応がある。
不自然な真実性のない行為には、相手も同様な反応をする。
真実さが足らねば相手も真実で応じない。

相手と均衡を保つのが、人間の信義である。

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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希言自然。
故飄風不終朝。驟雨不終日。
孰爲此者。天地。
天地尚不能久。而況於人乎。
故從事於道者。道者同於道。
徳者同於徳。失者同於失。
同於道者。道亦樂得之。
同於徳者。徳亦樂得之。
同於失者。失亦樂得之。
信不足焉。有不信焉。
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希言は自然なり。
故に飄風は朝を終えず、驟雨は日を終えず。
孰れか此れを為す者ぞ、天地なり。
天地すら尚お久しき能わず、而るを況んや人に於いてをや。
故に事に道に従う者は、道なれば道に同じくし、
徳なれば徳に同じくし、失なれば失に同じくす。
道に同じくする者は、道も亦た之を得るを楽しむ。
徳に同じくする者は、徳も亦た之を得るを楽しみ、
失に同じくする者は、失も亦た之を得るを楽しむ。
信足らざれば、信ぜられざる有り。
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聴けども聞こえない道の言葉は、悠久な無為自然である。
だから騒々しい飄風(つむじかぜ)は朝じゅうは続かず、
凌じい夕立も一日じゅうは続かない。
いったい風を吹かせ雨を降らせるのは誰がするのだ、
それは天地のしわざである。
その天地でさえ永つづきさせることができないとすれば、
人間の場合はなおさらであろう。
だから無為自然のままにふるまう者は、
道であれば、その道と一つになり、
徳であれば、その徳と一つになり、
失徳であれば、その失徳と一つになる。
道と一つになれば、道もまた彼を得て悦び、
徳と一つになれば、徳もまた彼を得て悦び、
失徳と一つになれば、失徳もまた彼を得て悦ぶ。
無為自然の明証を欠いた言葉は、
誰からも信用されないのだ。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第二十三章虚無]
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