老子現代現場訳

【老子 第39章】昔之得一者~得一の思想とは

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昔の一を得る者、天は一を得て以って清く


得一の思想。
「一」とは、一元気、陰陽の未だ分かれざるもの。
差別もなく、彼此もない。

貴いものは賎しいものと比較してこそ貴いものとラベリングされる。
高いものは低いもが基礎となっている。
高貴なものは下下のものたちがいるからこそ自己重要感に満たされ、特別意識がますます加速する。

だからこそ、見栄体裁自意識過ぎる人からよく見られたい、劣等感の反動で優越感に浸りたいと思う者は、あえてわざとらしく謙る。

あたしばかだから……
つまらぬモノですが……
うちのバカ息子(豚児)が……
うちの愚妻は……

なぜ自分を認めないのか
なぜつまらぬモノを人に贈るのか
なぜ息子をバカにするのか
なぜ妻を愚かにしなければならないのか

それは、低めに自己申告して、後にまんざらでもないじゃないかと誉められたいという下心があるから。

あなた結構デキルじゃないか!
おいしかったです!
息子さん経営者でたくさんの人を使ってるんですねすごいですね!
慎ましやかで美人で料理もお上手でいい奥さんですねうらやましい!

と言って欲しいから、誉められたいから。

あたしばかだから~という女は履歴書にバカですとは書かない。
できるところを過剰にアッピールするはずだ。
履歴書の書き方が上手くて(これもひとつの才能)、それに惑わされ雇ってみたらこれが使い物にならない高慢ちきなわがまま女だった、てなことが結構ある。騙されたシャチョーがばか。
こういう女に騙されて、ばかシャチョーも学習して利口になる。

貴いも賤しいもそんなものはただの外箱に書いてあるデザインか文字のようなものだから、外箱ひんむけばみな同じ。違いはあるが差はない。
名誉など、こども銀行券くらいの使い道はあるかもしらんがいくらためても何の役にもたたない。

ダイアモンドでも川原の石っころでも、違いはあるけど差はない。
世間様の価値観はダイアモンドが『ナンバーワン』で、川原の石っころが『ナンバーびりッケツ』
でも、どちらも『オンリーワン』
だけど、鉱物でグループ分けしたらひとつ『オールワン』

道(タオ)の人は、名誉など欲しいとも思わないし、人や物事を差別してみない。

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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昔之得一者。天得一以清。地得一以寧。
神得一以寧。谷得一以盈。万物得一以生。
候王得一以爲天下貞。其致之一也。
天無以清。將恐裂。致無以寧。將恐發。
神無以靈。將恐歇。谷無以盈。將恐竭。
萬物無以生。將恐滅。候王無以貴高。將恐*蹷。
故貴以賤爲本。高以下爲基。是以候王。自謂孤寡不穀。
此非以賤爲本耶。非乎。
故致數譽無譽。不欲*琭琭如玉。珞珞如石。
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昔の一(いつ)を得る者、天は一を得て以(も)って清く、
地は一を得て以って寧(やす)く、神は一を得て以って霊に、
谷は一を得て以って盈(み)ち、万物は一を得て以って生じ、
侯王(こうおう)は一を得て以って天下の貞(てい)と為(な)る。
そのこれを致すは一なり。
天は以って清きこと無くんば、将(は)た恐らくは裂けん。
地は以って寧きこと無くんば、将た恐らくは発(くず)れん。
神は以って霊なること無くんば、将た恐らくは歇(や)まん。
谷は以って盈つること無くんば、将た恐らくは竭(つ)きん。
万物は以って生ずること無くんば、将た恐らくは滅びん。
侯王は以って貞なること無くんば、将た恐らくは蹶(たお)れん。
故に貴(たっと)きは賤(いや)しきを以って本と為し、
高きは下(ひく)きを以って基と為す。
ここを以って侯王は自ら孤(こ)・寡(か)・不穀(ふこく)と謂(い)う。
これ賤しきを以って本となすに非(あら)ざるや、非ざるか。
故に誉(よ)を数うるを致せば誉(ほまれ)なし。
琭琭(ろくろく)として玉の如(ごと)く、
珞珞(らくらく)として石の如きを欲せず。

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そのかみの一得たるもののさまは、
天は一を得て以て清く、
地は一を得て以て寧く、
神は一を得て以て霊妙に、
谷は一を得て以て盈ち、
万物は一を得て以て生じ、
候王は一を得て以て天下の貞であった。
そして、これらをそのようにあらしめるものこそ、
一であったのである。

天が一を得て清くなければ、恐らくは裂けるであろう。
地が一を得て寧くなければ、恐らくは崩れるであろう。
神が一を得て霊妙でなければ、
恐らくは働きを止めるであろう。
谷が一を得て盈ちなければ、恐らくは涸れるであろう。
万物が一を得て生じなければ、恐らくは滅びるであろう。
候王が一を得て尊貴でないならば、
恐らくは*蹷(たお)れるであろう。

だから、貴いものは賎しいものを根本とし、
高いものは下(ひく)いものを基礎(いしずえ)とする。
だからこそ候王は、自分のことを孤(みなしご)とよび、
寡(やもお)・不穀(しもべ)とよんで謙るのだ。
これこそ、賎しいものを根本とするということではなかろうか。
だから、しばしば誉められる名誉を慾ばれば、
かえって名誉がなくなるのだ。
うるわしく玉のようであることを願わず、
ごろごろと石のようにころがるのだ。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第三十九章法本]
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