老子現代現場訳

【老子 第47章】不出戸~愚道者たち

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戸を出でずして天下を知り

シューキョーにハマり、
キョーソの言いなり嬉々として動き、働き、
キョーソのコトバを受け売りする者たち。
自分のコトバがない。
喰って寝て垂れて動く、生臭いロボツト。

自分のコトバで話し、自分のアマタで考えることができると、
こんどは、キョーダンの粗探しが始まる。
ソシキに反発し、キョーギに疑問を持ち、そこを去る。

そして、キョーダンの悪口をいいはじめる。
キョーソの悪口、キョーギの悪口、カネ返せ、時間を返せ。

別の依存できるモノが見つかると、またそこにハマり、
喰って寝て垂れて動く、生臭いロボットにモドル。
ワンクリックでモドル。

そこでまた揉め事なんぞが起こるってえと、
ぎゃあぎゃあ暴れて悪口雑言の繰り返し。

じぶんちゅうしんに世界がまわる。
ぐるぐるまわる。
バカの無限ループ。
繰り返し、繰り返す。

シンリをもとめ、あちこちあちこちさ迷いあるく求道者(ぐどうしゃ)たち。
愚道者なり。

『帰家穏坐』(きけおんざ)
じぶんに帰りませう。じぶんのお家に帰ってゆつたりとくつろぎませう。
シンリはじぶんじしんというお家の中にあるのです。

『脚下照顧』(きゃっかしょうこ)
まず足もとを見よう。

『見性成仏』(けんしょうじょうぶつ)
そして、じぶんじしんを見つめ、ほんとうの自分になろう。

『春在枝頭已十分』
春は枝頭(しとう)にありてすでに十分。

尽日尋春不見春
芒鞋踏遍隴頭雲
帰来笑撚梅花嗅
春在枝頭已十分

これまで、おら日がな一日、春さ尋ねてわらじがすり切れるほどほっつき歩いてきたけんど、春は、はあ何処にもなかっただ。
しょんぼりとして、おうちさ帰ってみたれば、なんとまあ梅の花がいい香りを放っていたんだべさ。
その春、おらが求めていた春はこの梅花の枝先さ、十分にあっただよ。
[鶴林玉露]

又ある禅録にも、外にむかって仏をたづねば、牛に乗って牛をたづぬるが如しと有。
これみな心の外に別に仏なしと云心成べし。
[仮名草子・為愚痴物語:4]

『騎牛求牛』(きぎゅうきゅうぎゅう)
『牛に乗って牛を求む』
『背の子を三年探す』
『負うた子を三年探す』

のは

もうヤメテ。

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答えは

すでに

じぶんじしんの

中にアルヨ。

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人に求めるのは

もう

そろそろ

ヤメナ。

 

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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不出戸。知天下。不窺*牖。見天道。
其出彌遠。其知彌少。
是以聖人。不行而知。不見而名。不爲而成。
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戸(こ)を出(い)でずして天下を知り、
牖(まど)より闚(うかが)わずして天道を見る。
その出ずることいよいよ遠(とお)ければ、
その知ることいよいよ少なし。
ここを以(も)って聖人は行かずして知り、
見ずして名(あきら)かにし、為(な)さずして成す。
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窓から覗かなくても天の理法は居ながらにして知られる。
遠くに出かければ出かけるほど、
本当のことは分からなくなるのだ。
だから無為の聖人は、
出あるかなくても本当のことが分かり、
目でみなくても名前がつけられ、
作為を弄しなくても成果があがるのだ。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第四十七章鑒遠]
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