老子現代現場訳

【老子 第55章】含徳之厚~ハートで生きる

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含徳の厚きは、赤子に比す

人間が天から得た一元気を失わぬことの必要を述べている。
而してその一元気を失わぬためには、赤子の如く無心であり、無欲であり、柔弱であることが大切である、と諭している。

天から得た一元気を厚く十分に含み蓄えておる人の姿は、無心・無欲の赤子になぞらえることが出来る。

赤子は骨は弱く筋肉は柔らかだが、手だはしっかりと握りしめている。人が柔弱の道を保ちながら、しかも道念を固く握るべきことに喩えたものである。
[諸橋轍次]

イエズスは教える
もし汝ら翻へりて幼兒の如くならずば、天國に入るを得じ
[マタイ傳福音書:18.3]

老子もまた赤子のように無欲無心であれと教える。

自然体であるがままの純粋な人は、本来神秘的な能力パワーを備えているのだが、さかしらな小ざかしい智恵を用いて作為ある不自然な行動をするとそのパワーが途端に消えてしまうものなのだ。

憂き世の常は、強壮をよしとするが、強壮とは徒に人生を豊かにしようとして、やたらに私心を以て心をあちらこちらに配っていくことである。
心ここに在らず。すなわちハートで生きていない。
道(タオ)に外れた生き方。

ハートで生きていない人は遅かれはやかれ、いずれ滅びる。

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【参考文献:白文/書下文/訳】
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含徳之厚。比於赤子。
毒蟲不螫。猛獣不據。攫鳥不搏。
骨弱筋柔而握固。
未知牝牡之合而全作。精之至也。
終日號而不嗄。和之至也。
知和曰常。知常曰明。
益生曰祥。心使氣曰強。
物壯則老。謂之不道。不道早已。
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含徳(がんとく)の厚きは、赤子(せきし)に比す。
蜂蠆虺蛇(ほうたいきだ)も螫(さ)さず、猛獣も拠(おそ)わず、攫鳥(かくちょう)も搏(う)たず。
骨は弱く筋は柔らかくして而(しか)も握ること固し。
未(いま)だ牝牡(ひんぼ)の合(ごう)を知らずして而も全(さい)の作(た)つは、精の至りなり。
終日号(さけ)びて而も嗄(か)れざるは、和の至りなり。
和を知るを常と曰(い)い、常を知るを明と曰う。
生を益(ま)すを祥(わざわい)と曰い、心、気を使うを強と曰う。
物は壮(さかん)なれば則(すなわ)ち老ゆ。
これを不道と謂(い)う。
不道は早く已(や)む。
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徳を深く内に蓄えている人は、譬えてみれば赤ん坊のようなものである。
赤ん坊は蜂やさそり、まむしのたぐいも彼を螫さず、
猛禽のたぐいも彼をけづめにかけない。
その骨格はまだ固まらず、筋肉はしなやかで拳を固く握りしめている。
男女の交合もまだ知らないのに性器が勃起するのは、
精気が完全に保たれているからであり、
一日じゅう泣き叫んでも声がかれないのは、
陰陽の調和が完全に保たれているからである。
このように調和の原理に目ざめをもつことを常なる道にかなっているといい、
常なる道に目ざめをもつことを絶対の智恵という。
無理に寿命を益そうとするのを不吉といい、
心で気力を煽るのを強がりという。
物はすべて威勢がよすぎると、やがてその衰えがくる。
これを不自然なふるまいという。
不自然なふるまいは、すぐに行きづまるのだ。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
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[老子:第五十五章玄符]
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