老子現代現場訳

【老子 第57章】以正治國~キレイゴトでメシを喰う

更新日:

正を以って国を治め、奇を以って兵を用い、無事を以って天下を取る

無為・無事がむしろ天下を治める自然の道であることを述べたものである。
[諸橋轍次]

「キレイゴトじゃあメシ喰えないよ」
「キレイゴトだけいってちゃあ世の中渡れないよ」
とはよく言われることです。

それなりの財を築いた人、功なり遂げた人ほどよく言います。

「キレイゴトでメシ喰えよ」
「キレイゴトだけ言って世渡りするんだよ」
と教える人はいません。

『人が好い』が、バカアホマヌケの代名詞として使われる世の中です。
人も信じられない、自分も信じられない、そしてコトバすら信じられない世の中になってしまいました。

厄難に出会うと出てくるコトバは、「ウソ!?」「信じられない」
僥倖に出会っても、出てくるコトバが「ウソ!?」「信じられない」

『ほんとう』というコトバが出てこないのです。

こんなおかしな世の中ですから、『オンリーワン』とか『本物商品』とか自称するものは、言えば言うほどうそ臭くなるものです。

コトバが乱れたから、まともな世の中ではなくなったのでしょうか。

それとも、まともな世の中でなくなったからコトバが乱れてしまったのでしょうか。

最近では、これこそ『真の真理』だと喧伝する新興カルト教団さえ現れてきました。
これじゃあまるで頭痛が痛いといっているようなものです。
なまぐさ坊主の方がまだかわいげがある。
世も末ですな。

世紀末まであと……
ン十年ですが。

国を治めるときは正しいやり方、戦争するときは奇策を用いるという。

じつは本来そんなことさらなことをしなくても、理論理屈をこね回さなくてもあるがままに任せておくことが大切なのである。

ところが、このまともでない世の中で、あるがままに任せておけば国は乱れてしまうだろう。
あるがままでない人たちが小ざかしい知恵を用いてキレイゴトでない仕事をしているからである。

作為が多いほど弊害が増加する。
だからこそ、その乱れを防ぐためには禁止令を発するより手立てがないのだ。

兵法を経営に応用できると思いこんでいる人がいる。
自分の利益のため、客を騙すためのマーケティングがある。

だからそんな経営者は社員に奇策を用いるであろう。
だからそんなマーケティングは消費者を欺き小バカにしているだけである。

キレイゴトでない経営、キレイゴトでないマーケティングということだ。

「おまいはお人好しだなあ」
「キレイゴトばかり言っているなあ」
「世の中そんな甘くないよ」
と鼻で笑われ続けて半世紀。

そんな無名の詩人が謡います。

キレイゴト人生。
きいてください。

キレイなシゴトでメシを喰う。
お金もキレイに使います。
ご飯もキレイに食べました。
キレイなコトバを使います。
ココロもカラダもキレイです。

常識身につけ社会人。
身につく目につく鼻につく。
礼儀を知ったる社会人。

人に迷惑かけたれば
すぐにあやまれ謝罪人。
とにかくなんでもすみません。

すみませんで済むならば
警察いらない社会です。
声掛け合って築こうよ。
あかるい社会を築こうよ。

アイ、すんませーん。

なめとんか。
なめてます。
人生なめたら甘かった。
なめても安全人生設計。

そんなあなたをユルシマス。
ユルサレマシテおめでとう。
ユルサレマシタありがとう。

そんなあなたはデクノボー。
こんなわたしもデクノボー。
[アオキケンジ]

見世物小屋のようなアヤしくも愉快な世の中に誰がしたのでしょうか。

それではは、聴いてください……

こんな女に誰がした♪


[星の流れに/菊池章子]

-------------------------------------------------
【参考文献:白文/書下文/訳】
-------------------------------------------------
以正治國。以奇用兵。以無事取天下。
吾何以知其然哉。以此。
天下多忌諱。而民彌貧。
民多利器。国家滋昏。
人多伎功。奇物滋起。
法令滋彰。盗賊多有。
故聖人云。我無爲而民自化。
我好靜自民自正。
我無事而民自富。
我無欲而民自樸。
-------------------------------------------------
正を以(も)って国を治め、奇を以って兵を用い、無事を以って天下を取る。
吾れ何を以ってその然るを知るや。
これを以ってなり。
それ天下に忌諱(きき)多くして、民弥々(いよいよ)貧し。
民に利器多くして、国家滋々(ますます)昏(みだ)る。
民に知恵多くして、邪事(じゃじ)滋々起こる。
法令滋々彰(あき)らかにして、盗賊多く有り。
故に聖人は云(い)う、我(わ)れ無為にして民自(おのずか)ら化(か)す。
我れ静を好みて民自ら正し。
我れ無事にして民自ら富む。
我れ無欲にして民自ら樸(ぼく)なりと。
-------------------------------------------------
国を治めるには正道をもってし、
兵を用うるには奇道をもってする、とか、
天下の支配者となるには無為無事をもってするのだ。
わたしにはそのことがどうして分かるのか、
本来無為無事である道によってそのことが分かる。

世のなかに禁令が多く布かれると、人民はいよいよ貧しくなり、
人民に人民の利器が普及すると、国民はいよいよ昏乱する。
人民に技巧が発達すると、奇をてらった品物がどしどし作られ、
法令が整備されればされるほど、盗賊は増えてくる。

だから聖人はこのように言うのだ。
わたしが無為であれば、人民はおのずから教化され、
わたしが清静を好めば、人民はおのずから正しくなり、
わたしが無事にしていれば、人民はおのずから裕かになり、
わたしが無欲であれば、人民はおのずから純粋になる、と。

※朝日選書:老子(福永光司)より引用
-------------------------------------------------
[老子:第五十七章淳風]
-------------------------------------------------

スポンサードリンク

スポンサードリンク

-老子現代現場訳

Copyright© 青樹謙慈|アオキケンヂ , 2019 All Rights Reserved.