統一教会

旧統一教会元信者の衝撃告白手記(38):シリーズ~血分けの真実を探る(1)【転載自由】

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シリーズ~血分けの真実を探る(1)

1999/12/26

統一教会研究家Q氏との対話

簡単に説明すると、もともと堕落論をひっくり返したのが復帰論なわけです。すなわち、堕落の経路をさかのぼるのが復帰摂理:経路=天子長→エバ→アダムが、今度は真のアダム→エバ→天子長になり、堕落の原因=淫行(性行為)でサタンの血統を受け継いだので今度は血分け(性行為)で神の血統を受け継ぐわけです

なるほどなるほど。堕落の動機と経路の反対、ってことですね。

おやぢさんは、血分はあっただろうと憶測しているようですが、原理講論にも書いてないし教義上説明がつかないとすると、何 故そう思うのですか?

この質問に対する回答は大変難しいのですが、端的にお答えします。
・文鮮明先生ご自身が「六マリアの悲劇」についてコメントした、すなわち「先生は六マリアどころじゃないよ、60マリアだよ」の発言から
・聖書には不倫なる関係がハッキリと記されていることから、倫理道徳的感覚では現代の摂理を推し量れないと思うから(人間的判断では理解できないということ)
・イエスさまを産んだお母さん自身が、婚約前に不倫なる性的関係を神のみ旨として受け入れつつ婚約者に内緒でのぞんでいたことから
・三日行事が性的儀式という事実がある以上、メシアの秘儀が性的なものでない ことはなかろうと考えるから

『血分け』という言葉は、統一教会あるいは文鮮明先生を非難するためのもので、事実無根の行為だ!と主張する統一教会信者の気持ち、ぼくにはよくわかっているつもりです。
ぼくが知りたいのは『血分け』が教義上、実際あったのか?ということです。
それを知りたいのです。

聞くところによれば、今は象徴的になっているということですが、そこら辺、古参の元あるいは現信者に取材してみようと思っているところです。
おやぢ的には、もし実際『血分け』行為があったのなら、うへーですけれど、アフリカの女性性器切除が問題になっているように、性というものが重要なキーポイントになってなっているからこそ、さまざまな問題がおこるのだと考えます。
事実無根だ!!と喚くだけでは誰も納得できません。

たとえば、草創期の統一教会では「地下室で男女がハダカで踊り狂っている」
とうわさがたったそうですけれど、うわさはどこの世でもあります。
教会内だって、うわさだらけじゃないですか。

「離れた与太郎がよう、事故って死んだとよう」
「やっぱりな、あいつアダムエバで離れたんだってよ」
「そうだったんかい、横的だったからな」

たとえばこんなことがありました。

ある姉妹が相談したいことがあるというので話を聞くことにしました。
「●●●教会長から深夜のドライブを兼ねて車の中で牧会してもらったんです。その時、手を握られたり肩や胸を揉まれたり、キスされたんです」
最初は要領を得ない歯切れの悪いことを言っていました。
様子がおかしかったのでいろいろ探りを入れて尋問した結果
「実は、教会長から……」
ということになったのです。

姉妹はその頭の禿げたスケベ教会長からセクハラ行為を受けていても、教会長は親の愛で愛してくださっているんだ、決して淫らな動機でこういうことをしているのではないんだ、と自分に言い聞かせていたのです。

もし、万が一『血分け』という事実があったとしても、人目には恥ずかしい行為なんですから、「血分けやりました」などとなかなかいえるものじゃないと思いますし、マリヤさんだって「だれそれと関係しました」などと告白するはずもないでしょう。
秘儀なのですから、証拠を残すようなことはあまりしないのではないか、と。

ですから、血分論争?に決着つけるには教義があったかどうかをハッキリする必要があるのではないかと考えています。

オウム事件で暴露されましたけれど、麻原は以前、性的な修行法のようなそういう本を書いていたということがわかりましたね(本の題名は忘れました)
教団が大きくなってからは、信者禁欲生活を強いるようになったという経緯がありますが幹部になるとやりたい放題だったというのが明らかになったわけです。

別の観点から考えてみましょう。
今のところ、裏の教義ともいうべき血分けの教義があったかどうかは定かではありませんが、統一教会の表の教義を研究すれば『性器』がキーポイントなのは確かなのです。
よく考えたら、文鮮明先生のみ言葉の中に『至聖所』(生殖器)のことがよくでできます。神が一番熱心におつくりになたのは『至聖所』とのことです。

「夫の性器は妻のもの、妻の性器は夫のもの」だそうです。男女の性器はあべこべにつけたのだそうです。したがって「自分の性器は自分のものではない」のだそうです。
ぼくにはこの内容がいまだに理解できていませんが、相当深い意味なのではないかと思っています。

堕落が性的堕落であったのですから、復帰の過程には当然性に関するものがついてまわるのはまちがいないでしょう。

血分けの事実があったとしても驚くことはない

現役教会員D君との対話から

でわ何故、血分けの事実を極秘にしなければならなかったのでしょうか?それは今の教会員に血分けの話をすると、極端に拒否することを考えれば、わかることでしょう。

これが、ごく自然なものの考え方だと思いますね。
つまり、『血分け』のイメージというのは気持ち悪いことですよ。
K牧師さまやD君などはそういうイメージがあるからこそ、自分が信じている統一教会にはそんな教義はありえない!と主張しているのだと思います。
単に、血分けはなかったのだと信じているに過ぎません。

一方、世間一般の人はマスコミの影響があるにせよ、統一教会ちうところは裏表のあるダーティーな団体だ、と信じているのです。
信者さんの気持ちはよくわかりますし、それが信者としての正常な思考だと思います。また、こういう例は統一教会に限らずどこのカルト教団でも見うけられることです。

人間として一番していけないのが淫行ということ原理でいっていることを考えてみても、それを教えるお父様がそれをするはずがありません。

この問題を論ずるときには、まず統一教会でいうところの『淫行』とは何かをはっきりさせない限り、良識ある一般の方は納得できないと思います。

長男さんがあのような事件を起こせばなおさら統一教会を信じられなくなるのは当然のことではないでしょうか?
ですから、統一教会でいう『淫行』とは神が公認していない性関係という大前提がないと誰も理解できないと思います。

ですから、お父様の行為は全て『神公認』のものである。
と。なればややこしい言い訳は必要ないのです。

お父様はタマルを研究すれば血統転換の秘密がわかるとおっしゃいました。
マリヤの秘密も解き明かされました。
しかし、この女性たち、世間的には不貞をはたらいた薄汚い女です。

でも、それは「心情」を中心としてみれば神の摂理だったというのです。
ただ純粋にこの男の種を仕込んでこの男の子供を産みたい……と。
とくに、タマルの義父は嫁のことを「娼婦」と間違えて買ったというじゃありませんか。
娼婦を買ったスケベおやじはどのような動機でイタしたと思いますか?
もちろん性欲の赴くまま、でしょう?

これでおわかりのように、血統転換のキーポイントは男の動機ではなく「女」の心情なのです。男の動機にキレイ事は必要ないのです。
ぶっちゃけたハナシ、やりて~でもいいのです。

血統転換において性的関係は付録的なものに過ぎません。祝福と理想家庭”によれば心情転換こそが血統転換に対するもっとも根本的な原因になっているということが見て取れます。

付録という考えは間違いだと思います。
性的関係を持ってそこに血統を残さなければなりません。子女を産まなければなりません。タマルもマリヤも血統を残すことが目的だったわけですから。
身近な例でいうと、統一教会では避妊具使用を禁止していますね。
このことからも見て取れるのではないでしょうか?

統一原理の中ではタマルにしろ、マリアにしろ、彼女たちの信仰が血統転換をなすに至る基礎となり、メシアを産んだこととなってます。お父様もそこが原理の究極とおっしゃってます。

ぼくもそのように受けとめております。
ですから、女性の心情が大切である、と。

教会内の女性は、自分からはいいませんが、できることならお父様の種を仕込んでいただいて子供を産みたいと思っている人がかなり多いと思われます。
巷では結婚はしたくないが子供は欲しいという女性が増えているようですから似たような心理かもしれません。

さらには、聞くところによるとお父様の結婚すべてにお父様の中に動機はないと伺っております。価値観や、摂理観が一貫している統一教会では途中で、変わるということは考えられません。

『はじめに御言葉ありき』ですから、確かにそのとおりだと思います。
ただ、明らかにされていなかった内容もありますので、今後も新しい御言葉が続々と発表されることだと思います。

とくに、お父様が語られる説教では通訳も聞き取れないないくらい小さな声で語られることもありますので、聞きそびれている内容もあるかと思われます。
実は、それがとても重要な御言葉だったりするのです。

血分けの教義は実は口伝しているのかもしれません。
が、お父様のいつもの笑えない冗談かと思った人がいてもおかしくありません。

ご存知のように、お父様は生殖器の話が大好きでいらっしゃいます。
6500双の会場では
「あー、久保木!おんなのアソコは日本語でなんて言うや」
「はあ?」
「おんなのアソコ、なんていうの!」
「だ大陰唇です……」
久保木先生は汗をかきながら真面目な顔でそうおっしゃいました。
でもお父様のお顔はほころんでおりました。

久保木先生もお父様からからかわれていたと思ったようです。
ですから他のことは聞かれても聞こえないふりをしていました。

それなので、お父様が六マリアの悲劇の本に対して
「先生は六マリアどころではないよ、六十マリアだよ」
と語られても教会員は冗談だと思っているのだと思います。

でも、それはメシアに対して失礼というか不信仰なのではないでしょうか?
それが事実だとして何を驚いたり慌てたりしなければならないのでしょうか?

別に、宣伝する必要はありませんが、
「ああ、お父様は大変な摂理をされていたのだなあ」
と心中お察しするくらいの気持ちを持っていただきたいと思います。

同じく、6500双の会場で、子づくりのことに及んで
「先生は、がんばったんだよ……」
と、おっしゃっているのに、会場から笑いが起きました。
「何を笑っている!」
と激しく怒られました。
先生は真面目に語ったのに、です。

このように、先生は六十マリアを摂理として深刻にがんばってこられたにも関わらず、教会員は下世話な行為としか思ってないから血分のことを信じられないだけなのです。
世の中にはセックス教団もあります。
しかし、信者は信仰でそういう行為に及んでいるのですから我々一般人にはキチガイ集団と映っても彼らはそれなりの信仰に基づいてやっていることです。
ですから、血分があっても驚くことはないと思います。

ぼくは、金百文氏の教えは血分けだと思っていますが、もし血分けの教えではなかったという証拠がありましたら教えていただきたいと思います。
存命中に金百文氏に取材すればよかったのですが、いまはかなわぬことです。
しかし、資料によれば確かに血分の教義でした。

警察までが証拠を握れなかったこの事件。いったいなにが証拠になっているのか分かりません。

洪蘭淑様の著書:わが父 文鮮明の正体には以下のように書かれております

P252
文師は私を自室に呼びつけた。「お父様」は繰り返した。
自分の過去に起こった出来事は「摂理」である。それは孝進とはなんの関係もない。蘭淑様が元夫の浮気が神の摂理なのかとお母様に尋ねられたとき
「いいえ、お父様はメシアです。孝進は違います。
お父様がなさったことは神のご計画でした」と答えられ、お母様は嫁の疑問をお父様にお伝えになって、お父様自らが語られた内容だそうです。

D君は蘭淑様が嘘をついていると思われますか?
孝進様のやったことも嘘だと思われますか?

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