パラダイムシフト

叡智

我々の直面する重要な問題は、それを作った時と同じ考えのレベルで解決することはできない。[アインシュタイン]

トラブルや争いが絶えない人がいます。

誰もトラブルや争いを望んでいるわけではないのに、いつも問題が発生する、そんなループに巻き込まれてしまっているのです。
第三者からは問題の原因が見えているけれど、当人は気づいていないからずーっと同じことを繰り返します。

仕事や人間関係が上手く行っていない人は、他人や環境せいにしがちです。
まさか自分に問題があるとは思ってもいないのです。

もっと大きな視点から物事をみつめてみる

『パラダイムシフト』とは、今までの価値観、先入観、固定観念(既成概念)、ものの見方、考え方がガラリと変わることをいいます。たとえば、災害・大病・入信・離教・リストラ・失業・転職・結婚・離婚など……環境の大きな変化によって、物事の優先順位が突然変わる事があります。

その時、多くの人は『基本的な考え方の転換』を経験します。

小さな行動の変化を望むなら、小手先のテクニックで対応することも可能です。しかし、大きな変化を遂げたいのであれば、パラダイムを変えなければなりません。

パラダイムシフトが行われると、今までと同じ刺激を与えられても、反応が激変します。

以下の物語は、パラダイムが変化する具体例です。(引用)

パラダイム転換は、必ずしもよい方向だけとは限らない。しかし、パラダイム変換によって、ものの見方が別の見方へ変わり、大きな変化の原動力になることは間違っていないのである。まずはニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイム転換をご紹介しよう。

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ある日曜日の朝、ニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイム転換を、私は忘れることができない。乗客は皆、静かに座っていた。ある人は新聞を読み、ある人は思索にふけり、またある人は目を閉じて休んでいた。すべては落ち着いて平和な雰囲気であった。

そこに、ひとりの男性が子供たちを連れて車両に乗り込んできた。すぐに子供たちがうるさく騒ぎ出し、それまでの静かな雰囲気は一瞬にして壊されてしまった。

しかし、その男性は私の隣に座って、目を閉じたまま、周りの状況に全く気がつかない様子だった。子供たちとはといえば、大声を出したり、物を投げたり、人の新聞まで奪い取ったりするありさまで、なんとも騒々しく気に障るものだった。ところが、隣に座っている男性はそれに対して何もしようとはしなかった。

私は、いらだちを覚えずにはいられなかった。子供たちにそういう行動をさせておきながら注意もせず、何の責任もとろうとはしない彼の態度が信じられなかった。周りの人たちもいらいらしているように見えた。私は耐えられなくなり、彼に向かって非常に控えめに、「あなたのお子さんたちが皆さんの迷惑になっているようですよ。もう少しおとなしくさせることはできないのでしょうか」と言ってみた。

彼は目を開けると、まるで初めてその様子に気がついたかのような表情になり、柔らかい、もの静かな声でこう返事をした。

「ああ、ああ、本当にそうですね。どうにかしないと……。たった今、病院から出て来たところなんです。一時間ほど前に妻が……。あの子たちの母親が亡くなったものですから、いったいどうすればいいのか……。子供たちも混乱しているみたいで……」

その瞬間の私の気持ちが、想像できるだろうか。私のパラダイムは一瞬にして転換してしまった。突然、その状況を全く違う目で見ることができた。違って見えたから違って考え、違って感じ、そして、違って行動した。今までのいらいらした気持ちは一瞬にして消え去った。自分のとっていた行動や態度を無理に抑える必要はなくなった。私の心にその男性の痛みがいっぱいに広がり、同情や哀れみの感情が自然にあふれ出たのである。

「奥さんが亡くなったのですが。それは本当にお気の毒に。何か私にできることはないでしょうか」

一瞬にして、すべてが変わった。

[出典:https://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0908/25/news097.html]

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